メディアグランプリ

英語の正体はメレンゲだった


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記事:キムラアヤ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「チキン、チキン!」
 
ここはアメリカ。私はスーパーの肉売り場で、自分の片足を持ち上げて太腿をパンパンたたいていた。鶏のもも肉を買いたくて必死だった。私の目の前には、真っ白なブッチャーエプロンをつけた肉売り場の大柄な男性店員が、ケース越しに立っていた。大きな目を見開いて、困惑気味に私のことを凝視している。腿をたたいてチキン、チキン! と訴える滑稽なアジア人。そんな私のボディランゲージにも、彼は優しく対応してくれた。そのおかげで、無事にお目当ての肉を買うことができた。初めてアメリカのスーパーで買い物をした時の思い出だ。
 
夫の海外赴任が決まった。アメリカのサンフランシスコで生活することになった。私の人生に、突然舞い込んできた海外生活。海外での生活にあこがれは持っていたが、喜んだのもつかの間、「英語」という大きなお化けが、雲のようにふわっと出てきて、目の前に霧をかけたのだ。
 
「あたし、英語嫌いだった……」
 
私の英語アレルギーは、中学生の時からだ。初めて触れた英語は、受験で点数をとるためにだけ勉強していた「科目」の一つだったので、何が面白いのかさっぱりわからなかった。単語に熟語、文型に長文読解、どれをとっても興味がわかなかったし、言葉としての役割を担っていなかった。
 
さて、急に必要になった言葉としての英語だったが、自分の仕事の整理に追われ、アメリカへ出発する前に十分な準備運動はできないまま、日本を離れることになった。そして、初めてスーパーで買い物をしようとした時、肉売り場で驚いた。きれいにカットされて並んでいる肉たちには、値段だけが書かれたプレートが付いていた。何の肉かは書かれていないのだ。私は商品プレートを見れば何とかなると思っていたが、甘かった。いきなり英語の洗礼にあい、とっさに自分の太腿をたたいたのだった。
 
それから私の英語との戦いの日々がスタートした。嫌いなものが急に好きになるわけもなく、必要に迫られて、とにかく英語に触れる時間を増やすしかないと思った。
 
先ずは、学校だ。英語を話すことも、聞くことも思うようにできないのだから、この際、一からちゃんと学ぼうと考えた。四十の手習いの始まりだ。そこで語学学校ではなく、大学の付属教育として外国人が大学入学準備のために英語を学ぶ、第二外国語クラスに行こうと思った。しかし、どうやって入学させてもらえるのか、どこの大学に行けばそのクラスがあるのか、各大学のホームページを見ても全くわからなかった。仕方なく、サンフランシスコにある全ての大学に直接行き、直談判することにした。
 
やっとのことで、受け入れてくれる大学を見つけた。英語のレベルでクラスわけがされ、私は下から二番目のクラスに入った。クラスメイトは二十人くらいで、その大半がサウジアラビア人だった。残りが中国人と日本人は私だけ。いきなりすごい環境での英語生活が始まった。
 
「え? 今なんて言ったの?」
 
はじめはサウジアラビア人の英語も、中国人の英語も全然聞き取れなかったが、徐々にそれらにも慣れていった。学校の帰りには一緒にカフェに行き、コーヒーを飲みながら色んな話をするようになった。きっと留学している彼らは裕福な家庭で育っているのだろう。友達のペットはチーターだと言っていた。すごい世界があるものだと驚いた。
 
そんな毎日を三か月間過ごし、サウジアラビア人と中国人の友達ができた。英語によって、外国人の友達と初めて繋がることができた。英語が使えて初めてのうれしい出来事だった。
 
それ以降も、英語を学び続けた。ある日、ロシア人の友達から一緒にラスベガスとグランドキャニオンに行こうと誘われた。一度は行ってみたいと思っていたエンターテインメントの街ラスベガス、そして壮大な世界遺産のグランドキャニオン。私はふたつ返事で行くことを決めた。当日、待ち合わせ場所に行ってみると、私と私の友人の他に、彼女の親戚とその友達の二人が加わっていた。そして空港へ向かう途中に、ラスベガスでもう一人ロシア人の男友達が合流することを聞かされた。
 
総勢五名の旅行は想像以上にハードだった。ロシア人が集まれば、ロシア語をしゃべるのは当たり前。何を言っているのかさっぱりわからない。うっかりすると、ポツンと取り残されてしまうのだ。だから、私は必死に英語で話しかけた。唯一の救いは、現地で合流した男友達は日本の文化が好きで、私に話しかけてくれることだった。その彼は、私が日本に帰国した後、東京まで遊びに来たし、今でもこまめに連絡をくれる。
 
三泊四日、ロシア人四人と日本人一人の旅。今までで一番チャレンジングな経験だった。しかしこれも英語があったからこそできたこと。私の世界を広げ、人とのつながりを作ってくれた、思い出深い出来事の一つだ。
 
四年弱のアメリカ生活を終え、日本に戻った私は、外資系のアパレル会社に勤めた。数年前の自分では考えられないような毎日だ。出張でアメリカや中国に行き、海外と電話でミーティングをし、メールのやり取りをし、毎日英語を使っている。
 
私は今でも英語が好きではない。話すときには緊張するし、大量に汗もかく。それでも英語には感謝している。私にとって、英語はケーキのメレンゲのような存在だ。私をいろんな人と繋いでくれ、世界と可能性を広げ、希望を膨らませ、コミュニケーションを円滑にしてくれる。ケーキ作りには欠かせない、メレンゲの役割とおんなじだ。素材をつなぎ合わせ、生地を膨らまし、ふわふわで滑らかにして、ケーキを美味しくする。アメリカでの生活が決まった時に現れた、雲のようにふわっとでてきたお化けの「英語」が人生の味を豊かにするメレンゲに化けたのだ。
 
初めてアメリカのスーパーで買い物をした時の出来事。あれが私と英語との本当の出会いだったのだと思う。あの後、肉売り場の彼は私を見かけると、いつも笑顔で声をかけてくれた。あの時の光景は、恥ずかしくて、笑っちゃうエピソードだけれど、必死だった気持ちが思い出されて、なんだか愛おしい。

《終わり》
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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