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私が走る理由〜ランは1杯のビールのために、一杯のビールはランのために〜


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:橋本友美(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「ランニングは貴女の人生を変えたね。その魅力は何だろう?」
以前勤めていた会社の先輩に言われて驚いた。
「人生だなんておおげさですよ」
仕事の相談に的確な状況判断とアドバイスをしてくれた先輩だった。その会社を辞めた後も、年賀状のやりとりだけは続いていたので、私がここ数年フルマラソン大会に出ていることは知っていた。彼はそのことが意外だったようで、会ったら一度聞いてみたいと思っていたと言った。
 
「前から走ってたっけ?」
「いや、あの頃は全然です」
 
ランニングを初めて9年。正直、今でも走ることが好きだとは言えない。走ることは子供の頃から苦手だ。体を動かすことは嫌いではないのだが、とにかく持久力がない。走り始めるとしだいに体が重くなり、息があがる。スピードが落ちる。集団から脱落する。めげる。全然楽しくない。とにかく走ることはできるだけ避けてきた。
 
「走るのってしんどくない?」
「はい、しんどいです」
 
ランニングはしんどい。ともすれば体に有害だ。マラソンは長時間に渡ってストレスを人体に与える。同じ箇所を動かし続けるため足などを故障しやすい。屋外スポーツ故に、お肌の大敵である紫外線にさらされる。活性酸素が発生するので動脈硬化のリスクが高まるという説もある。
 
「マラソンってエントリーにお金かかるよね」
「はい、フルマラソンだと1万円以上です。しかも抽選です」
「身体に負担がかかるものに自らお金を出してまでやるなんてどうかしている。なんで走るの?」
先輩は常に費用対効果を考え、合理的な判断をする。当然だ。彼と同じように思う人が大半だろう。
 
なぜ走るのか、私はうまく言葉にできない。ただ、私はとりあえず走り始めたきっかけを話した。
 
走るきっかけは、よくある理由の「ダイエット」だった。40代を前にして基礎代謝が減ったのか、急に体重が増え始めた。体重計の故障だと信じ、体重計を新調したがやはり同じ数値を示した。とりあえず何かせねばと始めたのがウォーキングだった。体への負担が軽く、ダイエット効果の高いと聞いたからだ。ただ、せっかちな私はウォーキングを早く終わらせたくなり、そのために一部分を走ることにした。
 
試しに走ってみると100メートルで息切れした。あまりの体力低下にショックを受けた。
ネットや書籍で情報を集め、ゆっくり走れば長く走れることがわかり、そのうち1kmほど走れるようになった。100mから1km。私にとったら大進歩だ。これで私も明日からランナーだと思った矢先、膝に違和感を感じて、接骨院通いをすることになった。とても基本的なことだが、何年も前にアウトレットで買った安いスニーカーを履いていたのが原因だった。そんなことも知らないど素人だったが、靴を新調して少しずつ距離を伸ばした。自力でなんとか5キロまで走れるようになり、目標が10キロになったとき、アドバイスを求めて地元のランニングクラブに入会した。
 
このクラブに入って、距離も気持ちも大きく変化した。初めて参加したイベントは通称「鬼の遠足」で、名古屋、岐阜間の約30kmに加え、岐阜では標高約1000mの金華山を登って降りるという鬼コースだ。私はとても走りきれる自信がなかったので、岐阜駅から合流する10kmのグループに入れてもらったのだが、驚いたことに名古屋から走ってきたグループは、笑顔いっぱいで疲れている様子が微塵もない。金華山もかけあがる。そして走後は、飲み会。お酒の量も半端ない。見たこともない異次元の世界だった。
 
こからどんどんクレイジー沼だ。20km、30kmをクレイジーな人たちと走ると走れてしまう。その後のご飯とお酒は、ただ飲みに行くのよりも断然美味く、楽しいのだ。私に変なスイッチが入ってしまったらしい。そこから私の欲望はどんどん深くなり。ほどなくフルマラソンでの完走が目標となった。笑顔で完走し、喜びをこの仲間を分かちあいたい。
 
人生初のフルマラソンの出走はその年の10月のしまだ大井川マラソンだった。当初1年くらいかけてフルマラソンが完走できるようにするつもりだったが、仲間の後押しもあり、半年早めた。その夏の2ヶ月は月間200km走った。後にも先にも月間200km走ったのはこの時だけだ。
 
フルマラソンはやっぱり長い。これを言うと「今頃知ったの?」と笑われるが、本当に長い。21kmの折り返しすぎた頃から腰が重くなり、スピードが落ちた。俗に「30kmの壁」といわれるが、その前の26kmで、すでに壁にぶちあたった。腰が痛い。足も上がらない。折り返すコースなので、先を行く同じクラブの仲間とすれ違うたびに声をかけてもらう。ただ一歩一歩踏み出すだけ。ひたすらゴールを目指す。完走した後に飲む一杯を想像しながら。
4時間36分19秒で完走した。足はくたばっていたが、胃腸は元気でビールが美味しかった。
 
「完走は達成感があるかもしれないけど、僕はないな」
「やらなくていいですよ。走らないほうが賢明です。」
 
私はランニングの魅力はうまく伝えられなかったし、今でも伝えられる自信がない。
ただ、少なくとも言えるのは、マラソン完走後に味わう一杯はまだ当分諦められそうにない。1杯のために42.195kmを走るクレイジー。
「ランは1杯のビールのためにあり、一杯のビールはランのために存在する」
クライジーランナーの戯言である。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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