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『日日是好日』 美しい所作の奥にあるもの


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記事:わたなべひろこ (ライティング・ゼミ特講)
 
 
映画 『日日是好日』 を見た。
茶道の先生役である樹木希林さんが、主人公典子役の黒木華さんにお手前を教えるシーンを見て驚いた。
子供の頃に私が言われたことと全く同じなのだ。
45年も前の、それもわずか3年間のこと。
それでも私は覚えていた。
樹木さんは私と同じ先生に習ったのかと思うぐらい、言い回しやテンポが一緒だった。
いくら同じ表千家だからといって、そんなことがあるのだろうか。
樹木さんの声に沿って自然と私の手も動き、遠い記憶が鮮やかに蘇った。
 
小2の春、祖母と大叔母との同居を機に、私は母が若い頃に習っていた茶道の先生の所に行くようになった。
自分はお茶が好きだったのか、興味があって行き始めたのかさえよく覚えていない。
最初は母に付いて行っただけの、お茶なんて何も分からない子供だった。
そのうち私は1人でも通えるようになった。
そんな私を、独り身のおばあちゃん先生はとてもかわいがってくれた。
小さな手には、高価なお道具はあまりにも重すぎる。
恐らく周りの大人達はヒヤヒヤしていたことだろう。
それでも先生は私にも同じお道具を使わせてくれた。
「ちゃんと本物を見ないといけないからね。 本物のお道具を使うから、丁寧に扱えるようになるのよ」
子供ながらに自分は特別な気がした。
同じことを言われ、同じことを繰り返し、少しずつ所作を覚えていった。
私の覚えが良かったのは、祖母や大叔母の存在もあっただろう。
「指を揃える」 「肘を張らない」 「敷居や畳の縁を踏まない」
これはお茶のお稽古の時間だけではなく、家でもいつも言われていたことだった。
祖母は大正生まれ、大叔母に至っては明治生まれだ。
母は 「自分の子供の頃に比べたら優しくなったよ」 と言うけれど、昭和40年代の子供には十分すぎる厳しさだったと思う。
大叔母は先生も一目置く存在だったし、その大叔母に躾けられた祖母も、同級生のおばあちゃんと比べても別格だった。
 
「お茶はまず形。 初めに形を作っておいて、後でそこに心が入る」 と言う樹木さんに、 「形ばかり……?」 と考える、茶道初心者の主人公とその従姉妹。
そう言えば、あの頃私と一緒に習っていた新社会人のお姉さんも、主人公達と同じような顔をしていた気がする。
 
3人のおばあちゃんのおかげで、小さな私はきちんと箸を持てるようになった。
お茶碗は4本の指を揃えて軽く底に添え、肩を張らず、肘を下げて持つことも、室内を静かに歩くことも、いつの間にか普通になっていた。
でもどうやらそれは、誰にとっても普通のことではなかったらしい。
この世には大人でも箸の持ち方がおかしな人がたくさんいて、大きな足音で部屋の中を無造作に歩く人がいると知った。
私には何故そのような箸の持ち方や歩き方をするのか、どうしてそれが許されるのかが、長い間理解できなかった。
だって私は絶対に許されなかったから、許される日常があることを知らなかった。
大人になって分かった。
時にはうっとうしいとさえ感じたこともある祖母達の言葉が、今考えればものすごい財産だったことが。
毎日毎回、食事の度に箸使いを注意され、お茶のお稽古に行けば、先生の言葉通りに動かされていた。
時には食べることが嫌になるぐらいだったことも、 「できているのに……」 とふてくされたこともあった。
でもそれは全て、それだけ私のことをきちんと見ていてくれたという証だった。
そして祖母達とは私の所作を細かく注意できるほど、確かに食べ方や立ち振る舞いが美しかったのだ。
できない人間に怒られたのでは子供だって聞くわけがない。
目の前で実践して見せる大人が言うことだから、嫌でも身につくようになる。
私はただ言葉で教えられるだけではなく、知らないうちに視覚からの情報を通して、日常生活の中で無駄のない所作を学んでいた。
 
「頭で考えないで手を信じる」
「手は知っている」
「回数を重ねることで、そのうち勝手に手が動く」
画面からささやく樹木さんの声が染みる。
自分には何の取り柄もないと思っていた主人公の日常が、お茶のお稽古を繰り返すことで、少しずつ五感と共に息づいていった。
 
私に祖母達や先生ほどの美しい所作が身についているとは言い切れない。
それでもきちんと箸が持てるだけで、どれ程周囲の人間からの信用度が増すことになるかを知っている。
そして、美しい所作には人を引きつける魅力があることも。
形ができていなければ、心の入る場所がない。
確かに祖母達は私の中にその 『形』 を作ってくれていた。
形を作ることだけに拘っていたら、肝心の中身が入る余地がない。
何度も何度も繰り返すことは、形を作ることを超えて、自然な振る舞いとなる手段だった。
一番大切なことはさりげなくて、時間が経たないと気付かない。
改めて、私は形を作ることで、形の中に入れる心までを受け取っていたことに気付かされた。
 
映画の中でも24年もの長い時間が経っていた。
日日是好日。
丁寧な時間は、今日もゆっくりと進む。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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