メディアグランプリ

完成した未完成な想い


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ゆーすけ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
※この物語はフィクションとしてお読みください※
 
 
高校の頃片想いだった女の子と十年ぶりに再会したのは、会社から家へと帰る山手線の車内だった。彼女と会わなければ、その日もいつもと同じ日常が繰り返されるはずだった。同じ時間に起きて、会社に行き、仕事をして、適当なところで切り上げる。そんな日になるはずだった。
 
その日は帰りが遅くなった。夕方のラッシュを過ぎた山手線は空いていた。僕は東京駅から乗車し、空いている座席に腰を下ろした。少し疲れていたからか、何もやる気が起きず、ただただぼんやりと座っていた。
秋葉原で乗り降りがあった。気づけば車内に人が増えている。僕の座席の前には女性が一人、つり革につかまって立っていた。見るとマタニティーマークのキーホルダーを鞄から下げている。僕はその女の人に声を掛けて、席を譲った。
「どうもすみません。ありがとうございます。助かりました……」
そう呟いた彼女の声にはどこかしら聞き覚えがあった。遠い記憶が僕に、何かに気づけと叫んでいた。もしかして……。
「ひょっとして……高木さんですか?」
「えっ? 山本くん?」
僕は目の前の状況が信じられなかった。目の前に、僕の目の前に、彼女がいる。彼女は十年前とあまり容姿が変わっていなかった。すらっと背の高い、黒髪を肩まで下ろした彼女は、瞳の色も真っ黒で、大きくてくりっとしていた。とびぬけて美人という訳ではなかったが、整った顔立ちで、その笑顔にはどこか人懐っこさがあった。
 
僕と彼女は高校二年の時に同じクラスになり、二学期まで席が隣同士だった。隣になってから初めて僕は彼女としゃべり、お互い本を読むという趣味が共通していることを知った。そして、僕と彼女はお気に入りの本、読んだ本を交換し合った。僕はミステリーが好きで、東野圭吾や、伊坂幸太郎、それから宮部みゆきを彼女に渡し、彼女は吉本ばななや恩田陸、村山由佳を僕に貸してくれた。休み時間中はよく、彼女と本の話題になった。僕はそうした時間を過ごすのがとても幸せだった。
気づけば僕は彼女のことが好きになっていた。そして、何度も、何度も告白しようとした。でも僕にはそんな勇気がなかった。書きかけのメールを書いては消した。何度も勇気を振り絞ろうとしたが、だめだった。
二学期が過ぎ、三学期になって席替えとなり、僕と彼女の席は離れた。そして、三年生からはクラスも離れ、結局僕は彼女に想いを伝えぬまま、卒業した。それ以来、彼女とは一度も会っていなかった。
 
それから十年。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。僕たちは電車内で少し話をしたが、僕は彼女ともっと話をしたかった。彼女が高校を卒業してどんな人生をこれまで歩んできたか。そして僕の話も少しだけ聞いてほしかった。
「ねえ。次の駅で降りて、どっかに寄って少し話さない?」
気づけば僕は彼女にそう言っていた。彼女は少し目を丸くして、それからこくりと頷いた。
 
電車を降りると、僕と彼女は駅からそう遠くない喫茶店に入った。僕たちは窓際のテーブルに座って、僕はコーヒーを、彼女はレモンティーを注文した。
しばらくは、ぎこちない会話が続いた。誘っておきながら僕は頭が真っ白になって、何を話せばよいかわからなくなってしまった。でも、ぎこちなくなりながらも、僕たちはお互いの身の上を語り合った。僕は僕の平凡な人生を語り、彼女は彼女の人生を語った。彼女は高校卒業後、大学進学で上京し、そのまま東京で就職したようだった。そして、二年前に結婚し、今では新しい命を授かっている。
 
「そういえば、今でも本は読んでる?」と彼女はふと尋ねた。
「いや、今はなかなか仕事が忙しくて、読めてないな。それに本を読んでると最近すぐ疲れちゃって」と僕は答えた。
「そういえば、昔は二人でよく本を交換してたよね。懐かしいなぁ。楽しかったね、あの頃は」
「そうだね……」
僕はそういうと、コーヒーを一口すすった。そして、こう続けた。
「実は、さ……あの頃、僕はあなたのこと好きだったんよ」
唐突過ぎたかもしれない。その言葉を口にしてから、そう思った。言うんじゃなかった、とも思った。僕は顔が熱くなるのを感じた。気まずい沈黙が流れた。
彼女は少し俯いた。そして、顔を上げ、まっすぐ僕の目を見つめた。
「実は……私も、だよ。私も高校の頃、クラスが一緒になってからずっとあなたのことが好きだった。正直、いい感じになってたと自分でも思ってたし、この人いつ告白してくれるんだろうっていつも考えてた」
彼女はそう答えてくれた。
「そうだったんだ……。あの頃に伝えておけばよかったな。でも、当時の僕は臆病だったんだ。どうしても、あと一歩が踏み出せなかった」僕は照れながらそういった。僕にもう少し、あの頃あとほんの少し勇気があれば。
「私の方こそ、あの時、待ってるんじゃなくて、自分から気持ちを伝えていれば、と今でも思うよ。それが、学生時代最大の後悔だったりして。高校三年生になって、クラスが離れてからも、高校を卒業しても、社会人になっても、心のどこかで引っかかってて。でも、どうしようもなかった。なんていうか、二人とも遅すぎたね……」
彼女はそういい、少し寂しそうな、でもどこか優しげな微笑みを浮かべた。彼女の黒い瞳の奥がほのかに白くにじんだような、そんな気がした。
 
僕と彼女は再び山手線に乗った。僕は駒込駅で、彼女は池袋駅で乗り換えだった。電車は駒込に着いて、僕は彼女にサヨナラを言い、電車を降りた。
電車を降りてからも、僕はホームで去ってゆく電車をずっと見つめていた。「二人とも遅すぎたね」という彼女の言葉がまさにその通りだった。二人とも遅すぎたのだ。想いを言葉にする時が。
でも仕方がないではないか。時間は過ぎ去ってしまい、後戻りはできない。僕たちは大人になってしまった。結局、僕の、僕たちの想いは望んだ形では実らなかった。その結末は変えられない。けれども今日、あれから十年経って、この想いには別の結末が与えられた。不完全な想いは、不完全なりにハッピーエンドとして完成したのだ、と僕は思った。
 
僕は彼女と連絡先を交換しなかった。もう、二度と会うことはないかもしれない。けれどそれでもいい。僕は、彼女がこれからも幸せであり、良い母になることを心から願った。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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