メディアグランプリ

パクチーとコーヒーとビートルズ


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記事:田中あかり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
高校3年生の2月のことだった。
早々に大学が決まり、毎日学校の図書室で暇を持て余していた。
図書室には「色々な職業」の本があり医者、弁護士、看護師、等全部で36冊ほどでシリーズになっていた。ひとつとして「将来これをやりたい」というものがないことに絶望していた。
 
沢木耕太郎の紀行小説「深夜特急」にこんな一文がある。
 
>私には未来を失なうという「刑」の執行を猶予してもらうことの方がはるかに重要だった。執行猶予。
 
主人公は大学を卒業していよいよ自分の仕事を選択しなくてはいけない場面に迫られた時、
その選択から逃げるためにデリーからロンドンまでを陸路で旅をすることにした。
この一文が将来を約束されたキャリアを捨ててまで旅に出たたった一つの理由だった。
 
高校3年生の当時、私も無事都会にある私立大学の経済学部という完璧な4年間の執行猶予を獲得していた。
何者かになりたいと思いながら、何か一つを選択することができなかった。
 
はじめは見栄でしかなかった。
 
私が高校生だったときは、まだ世の中に「ヒットソング」というものがあって、全員が鼻歌で同じメロディを口ずさんでいるような時代だった。
その一方で、多くの10代が少数派でありたいとどこかで思っていて、例にもれず私もそうだった。
家にはビートルズの3枚組のCDがあった。父がおそらく10代の頃に購入したものだ。
みんなが西野カナやAKBなんかを聞いているなかで、ビートルズを聞いているなんて、はみだしものでかっこいいと思ってビートルズを聞き始めた。何が良いのか全く分からなかった。
街に一つしかない本屋でレコード・コレクターズを買ってジョンレノンのインタビューを読んだり、BSで放送されているジョージ・マーティンのドキュメンタリーをみても全く理解できなかった。
それでも自習中にウォークマンでビートルズを聞いたり、「音楽何聞いてるの?」という質問に「ビートルズ」と答えることでは悦に入ったりしていた。
 
2016年頃、東南アジアの料理が少しずつブームになりつつあるときにパクチーという食材を知った。なんてエキゾチックな雰囲気のあるしゃれた食べ物だろうと憧れた。
試しに食べてみたら、全く美味しいと思えなかった。
それでもパクチー好きに憧れて、2年間くらい偽りのパクチー好きをやっていた。
 
一人暮らしを始めて、少しでも早く大人になりたい一心でブラックコーヒーを朝に飲むようになった。ただ苦いだけだった。
 
ビートルズの音楽を心から好きだと思えるようになったのは良さが分からないながらも根気強く聞き続けてしばらく経ったときだったし、ブラックコーヒーが美味しいと思えるようになったのは20歳くらい、コーヒーよりも現実の方が苦くなってきた頃で、パクチーも美味しくないよなと思いながら何種類もの料理を食べたあとのことだった。
 
はじめから好きだとか、これが私の生きる道だとわかるものなんて、実は多くないのではないかと思う。
理由はなんであれ、執着して継続してはじめて理解する。そして運が良ければそのなかのひとつが好きなものや一生をかけたいと思えるものになる。
よく漫画なんかで、「俺はこれをするために生まれてきたんだ」と主人公が稲妻に打たれるように何かに熱中して、そして命がけで冒険をしたり努力したりする描写がある。
私もいつか、それがあるのだろうと思っていた。でも結局、そんなものはなかった。
 
今のアパレルの営業の仕事をもう2年くらいやっている。この仕事を選んだのは、稲妻に打たれたからでも天啓を受けたからでもなくて、ただゆるやかに服が好きだったからだ。
始めた当初は、切実な覚悟や熱い気持ちなんてなかった。「思ってたより地味だ」とか「面白くない」とすら感じていた。
それでも淡々と続けてきて、ある日私はこの仕事が好きで、商品の課題を自分の個人的に重要な課題と同じ引き出しに仕舞っていることに気づいた。気づけば、心からこの商品が好きでこの商品でたくさんの人の生活を少しでも良くしたいと、本気で思うようになっていた。
 
色々なことがそういうものなんじゃないかと思う。
日常には強烈な刺激や欲求なんて滅多にない。少なくとも、何もせずに待っているだけでは得られない。
はじめる理由は何でも良いと思う。少し執着して続けてみて、じわじわと好きになっていくことのほうがきっと多い。
だからできるだけ、目の前にあることはパクチーかコーヒーかビートルズになるかもしれないと思うようにしている。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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