メディアグランプリ

誰かのためにならない人生も(絵本『キャベツくん』から)


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記事:猪熊チアキ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
違う、そんなんじゃない。そう言いそうになったが、すんでのところで飲み込んだ。
それは、友人の一言がきっかけだ。「まあ、私は結婚してるから、まだマシだけどさ」
その時友人と私は、電話で愚痴をこぼしあっていた。するといつの間にか、結婚や家庭の話になっていった。既婚者である友人は、最近子供が生まれた知人の家庭が、とても羨ましく感じたという。その話に相槌を打っているうち、私も同意見と見なされたようだ。
そして友人は言った。「あの人、子供が生まれてすごく幸せそうで、ちょっとイラついた。まあ、私は結婚してるからまだマシだけどさ。チアキ(筆者)もそのうちいい人が見つかるよ」
そうね、と私は相槌を打って、その日の電話は終わった。
相槌の代わりに、「違う、私はそんなんじゃない」―――つまり、私はそんな価値観じゃないと言えたら、どんなにスッキリしただろうか。
結婚したり家庭を持ったりすることは、確かに幸せを連想させる。そこに共通しているのは、”自分の存在が誰かのためになる”という点だ。愛する人のために寄り添う、子供のためにサポートをする。いずれも、自分の存在が誰かのためになる。もしくは、社会的な常識に乗っ取れば、あたかも自分が、社会の輪に入っていると感じて安心することができる。
どうやらいろんな人が、誰かと絆で繋がっていることを”ためになる”と捉えるらしい。それを人生の解答だと考えている。しかし私は、それを押し付けられるのがキライだ。”誰かのためになることが幸せ”という価値観を否定したいのではなく、それを強く信じるよう、強制されることが心地よくないのだ。
私の人生は誰かのためになるかもしれないし、ならないかもしれない。誰かと絆で繋がるかもしれないし、繋がらないかもしれない。”ためになる”は人生への解答の一つでしかない。それだけでは満足できない以上、私は自分で、自分用の解答も探さなくてはならない。
しかし、世間はそんな宙ぶらりんを許さないらしい。絆で縛られておらず、これからも縛られないかもしれない人間は、誰かの”ためにならない”し不幸だという前提のようだ。
仮に私が、絆で固定されず、誰のためにもならない人生を送るとしても、それは恐れるべきことなのだろうか。”ためになる”という価値観の押し付けは、日常で頻繁に起きる。私は強固な意志を持っているわけではないので、不意打ちで”ためになる”の価値観を押し付けられると、ひどく落ち込む。
人生の解答なんて、自分以外の誰にも分からない。それを忘れそうになるときは、絵本『キャベツくん』(文研出版)を開くことにしている。
『キャベツくん』は、その独特さから、感想が浮かびにくい絵本だ。まず、キャベツ頭の少年(キャベツくん)が、ブタのおじさん(ブタヤマさん)に食べられそうになる場面からスタートする。よく考えると残酷なので、あまり子供向けでないように思える。
身の危険を感じたキャベツくんは、自分を食べたらどんな姿になるか、空を使ってブタヤマさんに示す。「ぼくを食べたらこうなる!」とキャベツくんが空を指さすと、まるでホログラムのように、身体の一部がキャベツ化した動物がでかでかと浮かぶ。それに恐怖したブタヤマさんは、キャベツくんを食べるのを諦める。
お気づきかもしれないが、このストーリーに何の意味があるのかは分からない。昔話のように分かりやすい教訓はないし、主人公を褒め称える話でもない。私は百回くらい読んだことがあるが、未だに何のメッセージが込められているのか分からない。
だから、人によってはこの絵本に対し、むずがゆさを感じる。はっきりしたメッセージが無いことに、居心地の悪さを感じる。大抵、分かりやすいメッセージを受け取ることの方が簡単だし、分かりやすいメッセージを信用することは快感だからだ。
まるでそうした人たちを貶めるかのように、『キャベツくん』の物語は、明瞭なメッセージも説明もなく進む。例えば、当然のように、キャベツくんの想像上の動物を、ブタヤマさんにも見せることができることも謎だ。キャベツくんが魔法使いだという説明もない。なぜキャベツくんが、リアルタイムで想像を視覚で共有できるのかは分からない。また、実際にキャベツくんを食べると、本当に身体の一部がキャベツになるのかどうかも、謎のままだ。
まるで夢の中のようである。よく考えればおかしいことが、当然のように前提とされている。肝心なことは、置き去りにされたまま物語が終わってしまう。『キャベツくん』の中では、空想と現実の境目が揺らいでくるのだ。
そこで、私はハッとする。何の説明もなく時間が進んでいくのは、人生だって同じことだ。何が真に正しいことかなんて、誰にも分からない。どうしたら確実に幸せになれるかなんて、誰にも定義できない。知らないうちにできた価値観が世の中の前提になっていて、それに則って幸せを感じる人もいれば、振り回されてボロボロになる人もいる。
○○すれば幸せになれる、△△しないと幸せになれない、という価値観はとても単純だ。なぜなら、それは、常に他の何かとの比較で成り立っているからだ。異なる何かと比較することは簡単だし分かりやすい。人生は誰にとっても難解だから、どこかの親切な誰かが、そうやって人生の意味を切り取って伝えてくれているのだ。
しかし、生まれて死ぬことにどんな意味付けをすべきかなんて、誰にも決めつけることはできない。私のように宙ぶらりんな人は、自分で一から意味を探していくしかないのだ。
キャベツくんを読むのは心地よい。それは紛れもなく、”ためにならない”からだ。何かと何かを比較する話でもないし、簡単な答えを導かせる話でもない。どんなメッセージがあるかなんて、想像もつかない。その宙ぶらりんな物語に、私は自分を重ねて安心するのだ。矛盾してるかもしれないが、その心地よさが『キャベツくん』の”ためになる”点かもしれない。
分かりやすい価値観は、難解な苦しみではなく、分かりやすい幸せへ私を連れていってくれる気がする。しかし、私にとっては、人生に解答が無いことこそが真実だ。そして、満足いく解答は自分で探し続けなくてはならない。それは見つかるかもしれないし、見つからなくても良いのかもしれない。人生に許されたそんな宙ぶらりんさを、私は思い出すのである。
 
 
 
 
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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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