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光源のない明かり


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岡野陽子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
2021.1.1.00:00
 
スマホはポケットに入れた。
全身は温かい装備で万全だ。ただ、一つ悔やまれるのは嫁ぎ先から手袋を持ち帰るのを忘れたことだった。そして私は、少しためらった手をポケットにつっこんで実家の玄関を出た。
 
玄関に置かれた懐中電灯をそのままにして…。
 
父は神社の総代をしていた。その為、私たちと一緒に自宅で新年を迎えることはなく、神社へ出かけて行った。その父が懐中電灯を用意してくれていたのだ。その様子は、後から来てくれる私たちを楽しみにしているように思えた。
 
実のところ、明かりはスマホで十分であった。しかし、久々に触れた父の優しさに、私は、それに手をかけた。ひんやりと冷たさが私の手に伝わってきた。その途端、父への想いはすぐに打ち消されてしまった。手袋のない私はこれ以上の冷たさに耐えられそうに無かったからだ。後から来る妹親子にそれをゆだねた。
 
幼い頃から続くこの初詣は、月の明かりと懐中電灯を頼りに神社へ参るのだった。道中、夜空を見上げ、母と星座を言い当てながら歩いたことを思い出した。もっぱら、リボン型のオリオン座、ひしゃく型の北斗七星を言い当てるぐらいのことだったのだが。
 
この辺りは幼い頃と殆ど変わっていなかった。山と山とに囲まれ、その間を1本の小川が流れている。その両側に1枚1枚、地形に合わせた田んぼが山裾まで広がっていた。少しでも変わっていることがあるとすれば、山裾にぽつん、ぽつんとあった家々が、さらに、ひとつ、又ひとつと空き地になっていたことだった。
 
今夜もこれまでと、変わらぬ初詣のはずだった。
 
その時、先に出た兄が振り返りこう言った。
「外は明るいから、懐中電灯いらないね」
と。よし、これで良い言い訳ができたと、私の気持ちは少し楽になった。
 
改めて私は夜空を見上げた。頼りの月は、たまに雲に見え隠れするものの、ちゃんと私たちを照らしてくれていた。辺りを見渡すと、薄暗い中にも、川向こうにある家も、その先にある家も、それらはくっきりと映し出されていた。
 
私はいつもと違うこの明かりの正体が、昨夜から降り注いだ雪だということは直ぐに分かった。田んぼの1枚1枚折り重なる白い絨毯が、この辺り1面を浮き上がらせているようであったからだ。
 
モノクロームの世界を私たちは歩いて神社へ参るのであった。
 
神社は人目につかない山の奥にあった。山に入ると、これまでの明かりは一気に届きにくくなった。山際からそびえたつ木々の枝が、私たちにのしかかってきそうだ。その不気味な薄暗さは、一人で参るには到底、無理な道のりだった。
 
時々、その闇に強いライトがさす。
車で参拝した人たちのライトだ。今では殆ど歩いて参る人はいない。昔は賑やかだったものだ。誰とは言わず、すれ違う人には、
「おめでとうございます」
と、挨拶をしていた。そういった挨拶も、暗い山道を明るくさせるものであった。
 
そんな山道も鳥居をくぐると少し明るくなった。境内へと繋がる石段のろうそくの明かりが、私たちを迎え入れ、上へと導いてくれるのであった。父が総代になった時に、母が参拝者の為に提案したことだった。
 
実のところ、ここ数年、深夜に参る初詣への想いは、薄れてきているところだった。年も年だし、明るくて少しは温かい昼間にすれば良い、とも思っていた。
 
だが、昨年と今年は必ず参りたい理由があった。
この場所で、この時間に父と新年を迎えるためだった。
昨年、他界した母の存在は大きかったようで、たまに電話した時の父の声は、何か明るさに欠けていた。せめて総代を務める父の前で、私たち子供家族が、新年を一緒に迎えるためにだった。
 
最後の石段を登りきると、明るい境内が目に飛び込んできた。そこには嬉しそうな父の姿があった。
背広を着て長テーブルに正座して、こちらを向いて笑っている。
「明けましておめでとうございます」
父に改まって、新年のご挨拶をした。
父もまた
「明けましておめでとうございます」
と、返事をしてくれた。
 
なんだか恥ずかしいような、背筋が伸びるような思いだった。続いて父に注いでもらったお神酒を頂いた。小さい頃はお猪口に口を当てるのが精一杯であったが、今では味を楽しめるほどになっていた。
 
その後、私たちは少し離れた焚き火へと向かった。暗闇の中のその赤い炎は、私たち家族や他の参拝者の冷えた体や手を温め、新年を無事に迎えた清々しい笑顔を照らしていた。
 
怖かった行きの山道も、帰りは下り坂で足元も気分も軽快だった。出かけには気付かなかった実家の裏山にカシオペア座を見つけた。これも毎年の事なのだが。
 
ほっとした私は、ちゃぶ台に座り梅茶を口にした。ふと、目線の先に30cmほど空いた襖の奥に、ひとつの明かりを見た。
 
その明かりは神棚のロウソクだった。そこには生前、父や私たち子ども家族が伸び伸びと過ごせるよう、家庭を明るく照らした母の笑顔があった。一瞬、目立たないその明かりは、光源をもたない今夜の雪明りのようであった。
 
 
 
 
***

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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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