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絆創膏は貴婦人の香り


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西眞紀子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
33歳の時、わたしは役職に就いた。
わたしの会社では、まだまだ女性の管理職は少なかった。
昇進して張り切っていた。これから増えていく女性管理職の見本にならなくてはと責任を感じていた。しかし、初めの1年間は無我夢中で仕事に付いていくのに必死。2年目以降は結果を求められた。
何しろ忙しかった。会議、会議の連続。会議の資料づくり。プレゼンの資料づくり。北へ南へと出張にも出かけた。もちろん毎日残業。定時に帰られるのは夢のまた夢。深夜2時まで残業した事もあった。深夜に車で帰るといつもの信号が赤の点滅になる。その赤い点滅をみると理由もなく涙がでそうになった。
 
あれは一人での日帰り出張した日の事だった。
気を遣う上司や部下がいないだけ気分は楽だった。
そんな気のゆるみから、いつもは新幹線の中では資料チェックをしているのだが、その日は資料を広げる気分がしないままただ、ぼぉーとしていた。
そして、ふと思ってしまった。
 
このままでよいのか?
 
毎日、毎日が目まぐるしく過ぎてゆく。立ち止まってなんかいられない。
わたしは前に進んでいるのだろうか?
迷路に迷い込んだ気分だった。
 
そんな重い気持ちのまま午前中の仕事をこなした。
慣れているはずのプレゼンは、なんとなく歯切れが悪いまま終わってしまった。
 
そして気が付けば右足の踵の上が痛い! 靴擦れだ!
 
その日、わたしは新しいスーツとそれに合わせてパンプスも新しくおろした。
営業所2か所を回らなくてはならないので、ヒールの靴ではなくパンプスを選んだ。
スーツに合わせたそのパンプスは少々高かったが、デザインと色が気に入ったので思い切って買ったものだった。
 
試着した時は問題なかったのに。
出かけてすぐに違和感はあった。それがじわじわと効いてくる。
踵の上が靴との摩擦で、傷になってきている。
 
次の営業所の前にランチを食べようとお店を探したが、近くにそれらしい店はなかった。
まわり道をして繁華街に出るしかない。足を引きずるようにして歩く。
手近なカフェに入り、席に付くなり靴を脱いで、足を見た。
あ~、傷から血が滲んでいる。
いっきに悲しくなった。午後もプレゼンがあるのに。
傷ついた足に靴を履く気になれず、行儀が悪いと思ったが、靴を脱いだままランチを食べた。
食べ終えた頃には、血は乾いていたが、また履いて歩けば痛くなるのは決まっている。
足をさすってみたが、気休めしかならない。
 
時間もない。覚悟を決めて靴を履こうとした時、後ろから「あの」と声がした。
後ろを振り返ると、上品な雰囲気の夫人がいた。
「絆創膏、ありますよ」と、控えめに手に絆創膏を持ち、微笑んでいた。
驚くのと同時に赤面した。
見られていたのだ。靴を脱いだままランチを食べているところを。
驚いているわたしに「どうぞ」と絆創膏を渡してくれた。
「いただいてもよろしのでしょうか?」と上品な夫人の雰囲気にのまれ、へんな丁寧語が出た。お礼を言って、有難く受け取った。
 
なんて素敵な人なのだろう。
見も知らない女性を気遣い、声をかけてくれた。その心遣いが嬉しい。
午後のプレゼンは、その絆創膏一枚で気持ちも明るくなり、上手くいった。
傷はまだ痛んだが、なんとか帰れそうだ。
 
帰りの新幹線の中で、わたしに絆創膏をくれた貴婦人のことを思う。
(わたしの中では上品な夫人は貴婦人になっていた)
素敵な大人の女性だった。
わたしだったら声をかけただろうか?
いいえ、今の自分にはそんな余裕はないと思う。
まわりの人など目には入らないし、気が付いても相手を思いやる気持ちが湧かなかったと思う。
自分で思ってゾッとした。なんて冷たい人間になってしまったのだろう。
親が知ったら泣く。小さい頃から人より秀でたものがなくても優しい子になるようにと育てられたのに。
いつの間にか相手を思いやる気持ちを忘れていた。
 
部下には、あえて小言はいわないようにしていた。ひとまわりも違う年上の女性からの言葉はうるさいだけだ。それが当たり前になり、部下に冷たくしていなかったか?
上司の言葉に耳を傾けていただろうか? ただうるさいだけだと思っていなかったか?
 
今日出会った貴婦人とは、一瞬のことだったが気持ちがつながることができた。
貴婦人の優しさに心が温まり、わたしを優しい気持ちにしてくれた。
思いやりの心は伝染する。
 
わたしは心が閉じたままだった。まわりを見ていなかった。ひとの言葉も聞いていなかった。
迷路に迷っているのは、心の目を閉じているからだ。
迷路に迷っているのは、相手を見てないからだ。
 
心を開いて、相手をよく見よう。
困っている人がいたら、たとえそれが知らない人でも声をかけられるような、そんな素敵な女性になろう。
貴婦人の絆創膏がそっと教えてくれた。
 
 
 
 
***

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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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