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ハロー・キティーに救われた留学生活

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:匿名(ライティング・ゼミⅡ)
 
 
あたり一面、立ち枯れたトウモロコシ畑に覆われていた。
どこまでも続く砂漠のようだ。
トウモロコシ畑と一緒に地平線にずっと伸びた国道を一人歩いて家に帰る。
これが私のいつもの日課だった。
 
2005年8月、高校1年生だった私は、交換留学プログラムでアメリカに留学した。
アメリカのちょうど真ん中に位置するアイオワ州の公立高校に1年間通った。
私のステイ先となったのは、ハートレイだ。
トウモロコシ畑の海に浮かぶ小さな島のような町だった。
 
学校から町までを結ぶ1本の国道がある。
学校から町までは歩いて30分ほどだった。
私は毎日歩いて帰っていた。
スクールバスがないわけではなかった。
むしろ学校からは歩くのではなく、スクールバスに乗って帰ることが推奨されていた。
国道はスピードを出した車が通るのと、犯罪に巻き込まれるリスクがあるので、危険なのである
しかし、私は歩いて帰っていた。
この時間が一番落ち着くことができたからだ。
 
留学前、私はアメリカ留学に強い期待を持っていた。
 
留学先はドイツ系の人が中心の地域でヨーロッパ系の人しかいない地域であった。
アジア系もアフリカ系もほとんどいない。
留学先の学校も私ともう1人の日本人留学生の女性以外は全てヨーロッパ系の人々ばかりであった。
 
留学先としては最高の環境だ。
訛りがない綺麗な英語を学べる。
日本語が通じない人ばかりなので、いやでも英語を覚えなければならない。
非ヨーロッパ系がいない地域なので、めずらしがってたくさん話してくれる。
 
そんな楽観的すぎる期待を持ってこの場所に来た。
 
しかし、現地での高校生活初日にその楽観的すぎる期待は裏切られる。
誰からも話しかけられることはなかったのだ。
 
珍しがって話しかけられるどころか、こちらから話しかけても煩わしがれてしまう。
私の高校にドイツの留学生が来た時は、めずらしがってみんな彼らに話しかけた。
みんなとすぐに打ち解け、友達もたくさんできていた。
私も同じようにすぐに打ち解けられると思っていた。
 
しかし、現地の高校生たちからは、何か強い疎外感というか、場違い感を感じた。
間違えて女性専用車両に乗ってしまった時のような感覚である。
ここは私たちの領域であなたたちは違うから来ないでと言われているような空気だった。
おまけに英語でのコミュニケーションもスムーズにできなかったので、それが敬遠されるのに拍車をかけた。
 
私は必死だった。
スムーズにコミュニケーションが取れるようになるために、英語の勉強も必死でやった。
少しでも友達を作る機会を作るために、高校の全てのシーズンのスポーツに参加した。
夏はアメリカンフットボール、冬はバスケットボール、春は陸上競技である。
正直、どのスポーツもあまり興味はなかったし、得意でもなかった。
 
クリスマスを終えた頃になると英語である程度スムーズにコミュニケーションが取れるようになった。
少なくとも話しかけても煩わしく思われることは少なくなった。
しかし、友達と呼べる人はできていなかった。
 
ランチで一緒に食事をする人たちもいたが、私から行かなければ声をかけられることはなかった。
 
みな私に無関心であるように感じた。
 
少しでも自分に関心を持ってもらうために「親しい」と思っていた人たちを招待して日本食パーティーを開いたりした。
音楽会の時に日本の歌を披露したりもした。
しかし、どれも空回りだった。
 
彼らの輪に入り込めることはなかった。
彼らから何かのイベントや遊びに誘ってもらうことは全くなかった。
 
どうしようもない孤独感に毎日苛まれた。
特に、たくさんの人が周囲にいるほど孤独感が強くなった。
 
学校と町を結ぶ国道を通る時が気持ち的に一番落ち着くことができた。
その時は冬だった。
あたり一面のトウモロコシ畑が真っ白な雪で覆われていた。
雪景色を見ると心がスッキリして落ち着くことができた。
 
スクールバスには乗らず、私は毎日この国道を一人歩いて、家に帰った。
冬は死ぬほど寒かったが、このトウモロコシ畑の雪景色が私にとって唯一の精神安定剤だった。
 
そんな私に転機がやってきたのは、バレンタインデーの日だった。
ある女性からお菓子とカードを渡された。
 
「はじめまして。マリーといいます。もしよかったら、プロムに一緒に参加してくれませんか。来週、私の家で一緒に食事しながらお話できたらと思います」
 
カードにはプロムに一緒に参加してほしいという要望と食事の誘いが書かれていた。
プロムとはアメリカの高校で開かれる大きなダンスパーティーである。
日本でいう高校3年生(シニア)と高校2年生(ジュニア)の男女のカップルが、タキシードとドレスを着て参加する。
その日は夜から朝まで家族や地域の人々に見守られながら、食事をしたり、ダンスをしたりする。
 
信じられなかった。
私なんかをプロムに誘ってくれるなんて。
嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
何度も何度もそのカードを見返した。
その日は嬉しさのあまり寝ることができなかった。
あの時の嬉しさは今まで感じた嬉しさのベスト5に入る。
妻には内緒であるが、今でもそのカードを持ち続けている。
 
彼女の名前はマリーである。
彼女は学年でいうとジュニアであり、日本でいうところの高校2年生であった。
ドイツ系の女性であるが、アメリカ人としては小柄な160cmであった。
ファッションや化粧のせいなのか、日本人女性のような雰囲気があった。
 
彼女の家に行って驚いたのだが、彼女の部屋はハロー・キティーのグッズでいっぱいだったことだ。
ハローキティーのカードや人形、その絵柄のグッズで部屋中が埋めつくされている。
彼女は小さい頃からハロー・キティーの大ファンだった。
 
彼女は日本人留学生のえりことも仲が良かった。
もともと日本に興味があったらしいのだが、えりことの会話を通して、日本への関心が強くなったという。
 
特に、日本のファッションに興味を持ったらしい。
彼女の家にはえりこから借りているという日本のファッション雑誌がたくさんあった。
ひょっとしたら化粧も日本の化粧の仕方を真似ていたのかもしれない。
彼女の日本人女性のような雰囲気はそこからきていたのかもしれない。
 
プロムは楽しかった。
私は黒のタキシードに金色のネクタイをした。
マリーは金色のドレスだった。
タキシードを着たのは初めてだったし、女性と一緒にフォーマルな形でデートするのも初めてだった。
日本の高校生ができない体験をすることができた。
 
プロム以外でもたくさん交流した。
一緒に映画を見に行ったり、食事をしたり、買い物をしに行ったりした。
 
友達も紹介してくれた。
エレン、ジェイク、アンバーである。
彼らは皆私に関心を持って話してくれた。
彼らが集まる時にはいつも誘ってくれた。
 
日本に帰る4ヶ月前になってやっと友達と呼べる人たちができた。
少しでも彼らとの時間を増やすため、私は参加していた陸上競技のチームをやめた。
 
毎日が楽しかった。
学校と町を結ぶあの国道もいつの間にか歩いて帰らなくなった。
マリーたちに家まで毎日車で送ってもらった。
 
いつの間にかいつも見ていたトウモロコシ畑も意識しなくなっていった。
 
彼らとも仲良くなってしばらくたったある日、エレンから何気なく言われた言葉が私の胸に突き刺さった。
今でも忘れることができないぐらい鮮明に覚えている。
 
「実は前から話したいと思っていた。でもマサはいつもキースたちと一緒にいたから話しかけずらかったんだよね。スポーツチームにも参加して忙しそうだったしね」
 
エレンにはもちろん悪気はなかったが、この言葉が私を後悔のどん底に突き落とした。
 
「何てバカだったんだ。自分は。」
 
今まで努力しても誰も振り向いてくれず、なんて理不尽なんだ。
そう思っていたが、それは間違いだったことに気づいた。
 
努力を向けるターゲットを間違えていたのだ。
私は知らず知らずのうちに友達になりたい相手を選んでいた。
そして彼らしか見ていなかった。
彼らは私には関心がなかった。
それにも関わらず、ぐいぐいくる。
彼らがうっとうしく感じても仕方がないのかもしれない。
 
私に関心がある人たちもいたにも関わらず、それが見えていなかった。
視野が狭かった。
自業自得である。
もっと早く彼らに目を向けることができていたなら、もっと充実した留学を経験することができていたかもしれない。
今までやっていた空回りしていた時間が今の友達との貴重な思い出になっていたかもしれない。
そう思うと後悔してもしきれない。
 
しかし、これはこれで良かったのかもしれない。
この経験はその後の自分の人生にとって貴重な後悔だった。
視野が狭くなっている時に自分を見つめ直すようになった。
自分の努力が間違った方向に向いていないかを常に意識するようになった。
自分にとって本当に大切な人は誰かを考え直すきっかけにもなった。
 
マリーという素敵な女性にも出会うことができた。
彼女と出会っていなければ、私はアメリカ人、いや白人を憎むようになっていたかもしれない。
自分に関心を持ってくれないのは、私が非白人で軽蔑しているからだ。
結局彼らはみんな自分たちが上でそれ以外の人間は下だと思っている。
そのような歪んだ形で目の前の問題を考えるようになっていたかもしれない。
 
そんな人を憎み続けるような人間にはなりたくない。
彼女とエレン、ジェイク、アンバーの4人がそうならないようにしてくれた。
彼女との交流の中で自分の意識の問題であることに気づくことができた。
 
7月になった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
しばらくの間トウモロコシ畑へ意識を向けることはなかったが、久々によく見てみるとあたり一面が緑色になっていた。
今まで寂しいイメージだったトウモロコシ畑がイキイキした雰囲気にいつの間にか変わっていた。
 
最後の日は、ホストファミリーだけでなく、マリー、エレン、ジェイク、アンバーの4人に見送られながら、スーフォール空港を後にした。
 
理想とは異なる留学経験となったが、想像しているよりも得るものがたくさんあったと思う。
向けるべき努力が無駄になっていないか。
本当に大切にすべき人は誰か。
まだまだ子供だった高校1年生にとって学んだことは大きかったと思う。
もちろん英語もかなり上達した。
 
今でも彼らとは交流している。
4年前はマリーが日本に来てくれた。
東京、鎌倉、旭川、札幌、草津、出雲、京都に連れて行った。
最後には買ってあげたたくさんのハロー・キティーグッズと一緒にアメリカに帰っていった。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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