メディアグランプリ

新聞配達は二度振り返る


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記事:橋詰典子(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
深々と夜も更け、草木も眠る午前3時過ぎ。
 
今日もまた、バイクの前後のケースにどっさりと朝刊を詰め込んで、私はフラフラと新聞配達店のスクーターを走らせた。
そして1軒、また1軒と、ポストに新聞を投函する。
新聞に傷を付けぬよう、汚したり濡らしたりしないよう、慎重に丁寧に。
 
仕事を探して見ていた求人冊子に、たまたま募集が出ていた新聞配達は、時給が良くて、勤務時間も短く、好きなバイクで仕事ができるので私にはもってこいだった。
 
新聞配達は、いつも同じルートを配るエリア担当と、その人が週に1日だけ休む時に代わりに配る代配担当がいる。私がやっている代配担当は、毎日日替わりで休んでいるルート担当の担当区域を配るので、毎日違うエリアを配ることになる。まだ新人の私は、ちっとも住宅地図と配る新聞の種類を頭に入れる事ができず、毎回地図を確認しながら配っていた。
 
この新聞店は常時10種類近くの新聞を取り扱っていたので、1軒1軒違う新聞の組み合わせやチラシを入れる入れない、1ルート130~150軒ある家やそれぞれの置き場所、投函する新聞の向き、折り方の指定等々、覚えることが多過ぎて大変だった。
 
しかし凄いことに、他の先輩達はみな10年越えのベテランで、十数コースの情報をほとんど頭に入れていた。
バイクに乗ったり、降りて歩いたり。田舎の事ゆえ、屋敷の入り口からポストまでかなり歩く。雨でも台風でも大雪でも配達する。新聞配達の人はみな痩せているのも納得できる。
 
そんないくつかあるルートの一つを配っているときだった。
そのルートの配達は、まだ3、4回目位だっただろうか。曲がり角を曲がり、大きな家の前の広場にバイクを停め、へッドライトで地図と新聞を確認してから目指すポストのある門に向かう。
突然、門と生け垣の隙間から、にゅーっと手が突き出された。
「キャーッ」
私は思わず声を出して叫んでいた。
心臓が止まるかと本気で思った。
その場で倒れてしまってもおかしくないくらいびっくりした。
 
朝方の3時から4時近くにも関わらず、既に起きていて新聞を待っている人が、ほぼどのルートにもいる。ほとんどが男性だ。夏場などは門の影に立っていて、無言で手を伸ばしてきたりするから、本当に心臓に悪い。あちらは脅かすつもりもなく、遠くから近づいてくるバイクの音を今か今かと待っているのだろうが、こちらは必死で配っているので、全く気が付かず毎回肝を冷やす。
 
だが、人間ならまだいい。
 
問題は、人間でないものまで見えるようになってきたことだった。
最初の数ヶ月は、一つのルートを覚えたかと思うと、別のルートを覚えねばならず、とにかく必死だったので、周りの様子を気にする余裕はなかった。
 
しかし、徐々に一人で配るのにも慣れ、ルートの道順も分かるようになってくると、なぜか同じ町内の地域内で、ルートによって全く怖くないルートと、なぜか妙に怖くて寒気がするルートがあることに気が付いた。
 
バイクで走っていると、横目に白っぽいなにかが必ず立っている場所があったり、暗い窓ガラスに顔のような影が見えたり、後ろから追いかけてくるような感覚があったり。思わず振り返ってみてしまう。
 
一瞬おや? と思うのだが、すぐにサーッと血の気がひいていく。怖くて怖くて仕方がない。
その度に、柏手を打ったり、塩をまいたり、まじないを唱えたりしていた。
 
不思議なもので、同じような古い集落で、家からも何の気配もなくしーんと静まりかえっている所でも、怖さは感じない。ところが、逆になぜだか妙に怖い、嫌な感じがする集落がある。
いかにも木が生い茂る、古い家で何かありそうだなと思うような家が、実際には逆で、怖いどころか安心感があったり。
逆に比較的新しそうな住宅で人の気配がする家でも、近づくと怖いことがあったりした。
 
そういうエリアが担当になると、家を出るときに完全武装をする。お守り、塩、パワーストーン、その他効き目がありそうなものを身につけ無いと不安だった。
 
配達のときは、極力周りをキョロキョロ見ないようにする。もし何かが見えてしまっても、決して凝視してはならない。相手には、見えていることを知られてはいけない。
頭では分かっているのだが、現地でなんとなく変な感じがしてくると、やっぱり思わず振り返ってします。その度に、柏手を打って塩をなめておまじないを唱える。
 
一度あった場所は次からはできるだけさっと通り過ぎる。しかし、残念なことに、状況は変わらないのだった。そして私はまた振り返り、柏手を打ち塩をなめてまじないを唱える。
 
結局、恐怖を克服することは出来ず、昼間の仕事が忙しくなったのを理由にして、退職した。
多分新聞配達をすることは、もうないだろう。ちょっと敏感な人には向かない職業だ。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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