メディアグランプリ

手の中の、軽くて重い命

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:猫人(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
飼い猫を腕に抱くたびに思い出す。
いつかの日、この手の中にあった軽く重い命のことを。
 
「猫、飼い始めたんだね」
「そうなの、もうめちゃくちゃ可愛いよ!」
 
4年前の年明けに、念願の猫を飼い始めた。しかも、いきなり2匹同時に。
生後9ヶ月の、頭と背中に黒いブチがある以外はそっくりな兄弟猫とは、その前の年末に偶然立ち寄った譲渡会で出会った。
 
猫を飼うにしても最初は1匹からと考えていたし、保護団体の方にもそう伝えていた。だが、紹介されたのはゲージの中で身を寄せ合う2匹の兄弟猫だった。「最初から仲の良い2匹を飼う方が、人間も猫も楽よ」という保護団体の方の言葉にも乗り気じゃなかったのに、そのうちの1匹を腕に載せられた瞬間、なんともいえない温かな気持ちが沸いてきた。腕の中で固まり、小さく震える猫。その柔らかく温かな重みに、気づいたら、その子とその兄猫2匹の譲渡契約を結んでいた。
 
2匹が家に来たのは、年明けの3連休初日だった。保護団体の方がもってきてくれたゲージに入れられた2匹は、身を寄せ合い、小さく震えながら私を見ていた。猫が、実は臆病な動物なのだと知ったのは、その時だった。
 
2匹を迎え、気ままな一人暮らしは「猫中心」に変わっていった。
それまで出勤時間ぎりぎりまで寝ていたのに、お腹を空かせた2匹に代わる代わる乗られて、朝6時は起こされる。朝ごはんを挙げてトイレの掃除を手早く終わらせてから、ようやく自分の朝ごはんだ。夜は夜で、仕事から帰れば真っ先に2匹に夜ご飯の支度をしてから、自分のご飯にありつける。あまり家具のなかった部屋には猫ベッドやキャットタワーが設置され、日々猫のためのおもちゃが増えていった。
 
飼う前に猫専用の雑誌を定期購買して、必要なものや必要な世話について学んだ気になっていたが、思っていたのと違うことも多かった。雑誌のとおりに抱っこして爪を切ろうとして思いっきり拒否されるし、ワクチン接種のために病院に連れて行こうとして部屋中を逃げ回る2匹と格闘したこともあった。2匹のじゃれあいが思っていた以上に激しくて、喧嘩しているのかと思わず止めてしまったことも何度もある。
 
初めてのことに戸惑い手探り状態で世話をする日々の中、それでも少しずつ2匹との距離が近づいていく。気づくと近くにいることが増え、餌の前には鳴きながら足に頭をこすりつけてくれるようになった。ゆっくりと伸ばした手をザラザラとした舌で舐められた時、ようやく「飼い主」として認められたような気がした。
 
スマホの写真フォルダには猫の写真が溢れ、SNSにアップすることが日課になった。友達との会話も聞き役になることが多かったのに、今やいかに猫が可愛いのか、どれだけ甘えん坊なのかを力説するほどだ。「変わったね」と笑顔で言ってくれた友達には、同じく笑顔で頷いておいた。
 
常に全力で私に甘え、全身で信頼感を訴える2匹との生活は、確実に幸せで、私の支えにもなっている。
 
だが、その幸せの影で感じる、ほんの少しの胸の痛み。
この、胸にしくしくと感じる痛みの正体は、幼いころの自分が犯した小さな、でも、確かな罪だ。
 
それは、私が小学校低学年の秋だった。
休日の小学校の校庭で、か細い声で鳴く子猫を見つけたのだ。子猫がいたのは、昇降口の前の花壇の影。植え込みに隠れるようにして、その子猫は鳴いていた。いつ、どうしてその子猫がそこにいたのかは、今もわからない。母猫とはぐれたのかもしれないし、もしかしたら誰かがそこに捨てたのかもしれない。だが、一緒に遊んでいた友達と周りを見渡しても、親猫の姿もだれか大人の姿も見えなかった。
 
「捨て猫かな、どうする?」
「どうしよう……。このままにしてたら、この子かわいそうだよね」
「よし! うちに連れて行くよ!」
 
それは、とても単純な思い付きだった。ずっと猫が飼いたかった。動物を飼ったことはなかったが、家に連れていけば何とかなるという、子ども特有の根拠のない自信に促されて、私はその子猫を家に連れていくことにした。
 
抱き上げた子猫は、小さく震えていた。
 
誰もいない家に戻ると、私たちは子猫を洗うべくお風呂場に直行した。長く外にいたのか、子猫はひどく汚れているように思えたのだ。私たちは人間用のシャンプーを泡立てて、さっきとは比べ物にならないくらい大きな声で鳴く子猫を一生懸命洗った。2回も洗うと汚れも落ち、子猫も鳴くのをやめておとなしくなった。(今思えば、疲れ果てただけなのかもしれないが)ドライヤーで乾かした子猫は、いわゆるサバトラと呼ばれる毛柄をしていた。銀色にも似たその毛柄がとてもきれいに思えて、腕の中の子猫が特別なものに思えたことを覚えている。
 
だが、すぐにそんな気持ちも戻ってきた母親によって打ち砕かることになった。「お父さんが、猫が嫌いだから」、そんな理由で飼うことが許されなかったのだ。
 
そして、私は、その子猫を元の場所に戻したのだった。
戻した後、その子猫がどうなるのかなど、まったく考えもせずに。
私は、一度は手にした小さな命を、無残にも捨てたのだ。
 
それから数十年後の今、2匹の飼い猫を腕に抱くたび、手放したあの子猫のことを思い出す。
そして、これからの生涯で忘れることはないだろう。
 
一度はこの手の中にあった、あの軽く重い命のことを。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2021-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事