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メディアグランプリ

飲みニケーションは国境を超えて


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田中真美子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「乾杯! 」
 
ガンガンガン、と小さなグラスを円卓にぶつける音が響く。
 
ここは中国、上海。
中国の乾杯はグラスどうしをくっつけるのではなく、円卓にぶつけて音をならすやり方だ。
そして文字通り杯を乾かす、つまりグラスに入っている酒を全て飲み干さなければならない。
 
グラスに入っている酒は白酒(バイチュウ)と呼ばれるアルコール度数50パーセントを超える酒だ。
それを一気に飲み干す。
一瞬喉が焼けるように熱くなる。
 
乾杯を何回も繰り返す。
 
宴もたけなわになる頃には、白酒のボトルが何本も空になる。
 
そこから男性陣は女性が接待してくれるカラオケ店へ行くのだから元気なものだ。
私は宿泊先のホテルへ戻り、コンビニで買ったビールを、ひとり部屋で飲み直す。
 
仕事で中国へ行き始めたのは2006年のことだ。
 
私はIT業界の中でもシステムインテグレーターと呼ばれる企業に勤めている。
顧客となる企業から依頼を受けて、システムの受託開発を行う仕事だ。
 
2000年代前半にシステムインテグレーターの間で中国でのオフショア開発がブームとなった。
オフショア開発とは、主に開発コストの低減を目的にシステム開発業務の一部を海外企業に委託することを指す。
 
私の勤務先も例に漏れず、中国でのオフショア開発を強力に推進していた。
 
そして参画していたプロジェクトで中国、上海でのオフショア開発を行うことが決定し、2週間の上海出張を命じられた。
 
高いところが苦手で飛行機に乗ることに恐怖を感じていた私。
仕方ない、これは仕事なんだ、と泣きそうになるのを堪え、搭乗口で「今までありがとう、楽しかったよ」と遺書めいたメールを当時同棲していた彼氏に送り、意を決して上海行きの飛行機に乗り込んだ。
 
あまりにも飛行機に乗ることにビビっていた私を案じて、当時の上司がビジネスクラスの座席を手配してくれていたので3時間弱のフライトは快適に過ごすことができた。
 
上海に着くまではなんとかなったのだが、仕事の方は苦労の連続だった。
 
当時は日本語を話せるのは通訳と数人のみ。
まずコミュニケーションを取るのが大変だった。
必死でこれから開発するシステムの仕様を説明するのだけどなかなか伝わらない。
ホワイトボードに書いた図と英単語、オーバーな身振り手振りでどうにかこうにか伝える。
ある時はホワイトボードに書いた英語のスペルが間違っていて、日中双方のメンバーから総ツッコミを受けた。こういう時だけは息ぴったりだ。
 
次に文化の違い。
日本だと会議で時間内に予定していた議題が全て終わらなかった場合、時間を延長して続けることは少なくないが、中国ではそうはいかなかった。
会議が長引いてお昼休みに差し掛かってしまうと、途端にみんなソワソワしだす。
集中してくれないので延長は諦めるしかない。
残業という概念も無い。定時になると皆サッと帰路に着く。
それでも粘って残ってもらうと、メンバーの奥さんから会社に苦情の電話がかかってきたことも。
 
時間を守って働く、という意味では中国の方がグローバルスタンダードかもしれない。
日本人は時間にルーズだ、と彼らは思っていただろう。
 
業務が終われば宴会だ。
中国側のプロジェクトマネージャーがお店を手配してくれ、メンバー数人を連れて一緒に飲むことになった。
そして冒頭の乾杯につながる。
 
初めて訪れた上海の地でお酒を飲むというシチュエーションと、これからプロジェクトを上海のメンバーとうまくやっていけるだろうかという不安で私はかなり緊張していた。
 
しかし、お酒が進み緊張もほぐれていき、カタコトの英語や通訳を介して彼らと話す中で、プロジェクトを成功させたいという気持ちは同じであること、そのために真剣に取り組んでいる熱意が伝わってきた。
 
考え方や、やり方が違うだけで、目指すゴールは同じなのだ。
 
日本で仕事をするのとは同じようにいかないことに、私は少し苛立ちを感じていたが、それは間違いだった。
同じ日本人同士だって、考え方はさまざまだ。
ましてや、国が違えば受けた教育や文化も異なるし、合わないのは当たり前なのだ。
 
違いを一方的に押し付けるのではなく、相手を理解しようと努め、尊重した上で同じ目的に向かって進むことが大事なのだ。
 
そう気づいた私は、「乾杯! 」と声をあげて杯を乾かす。
 
私の初めての海外出張は、なんとか2週間の日程を予定通り終えて帰国することができた。
最初はうまく進まず、本当に終わるの? と不安しか無かったが、私の必死さが伝わったのだろう、徐々に信頼関係ができ会議もスムーズに進むようになった。
 
それから、上海のチームとの仕事は10年以上続き、何十回も出張で上海へ赴いた。
もともと大都市だったけど、さらにこの10年で目覚ましく発展していく様を見ることができた。
最初は5つほどしか無かった地下鉄の路線はどんどん数を増やし、今や東京メトロ並だ。
2010年の上海万博を機に街はより美しくなり、タクシーでボッタくられることも無くなった。
 
時代が流れ街はどんどん進化していったけど、乾杯のスタイルは変わらなかった。
上海以外に北京、大連でも仕事をしたがそれは同じだった。
私は中国の地でグラスを円卓にぶつけ、白酒をあおり、仕事にかける情熱を語り合う。
 
飲みニケーションは時と国境を超えて、私にとって異国の地で信頼関係を築くための重要な役割を果たした。
それが必ず正しい方法だとは思わないが、シラフだと少し照れくさいようなアツい思いも素直に伝えることができた。
 
コロナで海外へ行くことはしばらく叶わないが、そうやってリアルで築いてきた関係は簡単には崩れないと私は信じている。
 
いつかまた会える日まで、今は自宅でひとりビールを飲み干す。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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