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「便利だけど不便」な時代にしないために


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記事:鈴木謙二(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「現金でしか買えないのって不便だよなー」
 
これは、ある日の朝、地下鉄改札口で聞いた言葉である。
私がICチャージしていたすぐ隣で、上司と部下の関係と思しき二人組の会話……。
 
上司「ちょっと待ってくれ。俺、今日携帯を家に忘れてきたから、切符を買わないといけないんだ」
部下「はい」
上司「えーと、どうやって買えばいいんだっけ?」
部下「え?」
上司「クレジットカードは使えたっけ?」
部下「使えるんじゃないですかね?」
上司「あ、ダメだ。使えない。じゃあ、nanaco(電子マネー)はどうだ?」
部下「……」
上司「これもダメか。なんだよ、現金でしか買えないのって不便だよなー」
と、諦めてポケットから財布を取り出して一件落着。
 
かと思ったが、まだ続きがある。初乗り210円の切符を購入するのに300円投入したことが、直後の会話から判明する。
上司「なんだよ、10円玉が9枚も戻ってきたじゃないか。俺は10円玉を持ち歩かない主義なんだよ!」
部下「はぁ……」
 
なんとなくその場を離れることができず、最後まで聞き入ってしまった。しかも、オチで思わず吹き出してしまいそうになった。「面白いな、この人。嫌いじゃない」と。
 
エピソード自体は他愛もなくて直接自分に影響する内容でもない。すぐにリセットして仕事に戻ればいいのに、なぜかあの言葉が頭から離れなかった。
「現金でしか買えないのって不便だよなー」
 
デジャヴ?
自分にも以前同じような経験をしたような気がするが、なかなか思い出せない。
そうして喉の奥がつっかえたような違和感が残ったまま、その日の仕事を終えたのだった。
 
帰宅した後、試しに妻に訊いてみた。
「便利すぎて今さら急になくなると困るものってない?」
「一番はコンビニじゃない?」
「困った時にいつでも買いに行けるし、何でもあるって訳じゃないけど一通り揃っているし」と夕飯になる豚肉と野菜を炒めながら器用に答えてくれた。
 
「言われてみると、確かにそうだよな……」
ちょうど切れたから買ってきてと頼まれた「生姜」を探しにコンビニに向かいながら、独りごちた。
子供の頃は24時間営業の商店は無く、買い物は必ず昼間に済ませないといけなかった。それがその便利さから、コンビニはあっという間に日本全国、ひいては海外にまで広がっていった。今さらながら、コンビニエンスストアとはうまく名付けたものである。(ちなみに、中国でもそのまま「便利店」として定着しているのは言うまでもない)
 
「でも、なんか違うんだよなー」
もっと身近なモノだったような気がしてならない。
 
コンビニで手に入れた生姜を妻に渡しながら、「他には?」ともう一度訊いてみた。
「テレビは無くてもいいけど、ユーチューブは無いと困るかな」と今どきな答えが返ってくる。確かに、見たい動画を見る側が選択できる自由は手放したくないサービスだ。
だが、その時ふと思い浮かんだのはスマホだった。
 
スマホが存在することで、例えば電車の乗換案内を検索できる。知り合いと簡単にコミュニケーションが取れる。仕事でもプライベートでもこんな便利なモノは無い。
「スマホが無くなったらどうする?」と聞かれれば、間違いなく答えに窮するだろう。昔は当然のように辞書や専門書を買ってきて調べていたはずなのに……。
 
ここまで来てもスッキリしない。何かが足りない。
基本的な何かを見逃している気がしてならなかった。
 
そんな時、
「もしかして、あなたが言いたいことって電話帳じゃない?」妻が呟いた。
「あー、それだ!」と思わず声が上ずってしまう。
 
スマホのおかげで、今は電話番号を覚える必要がない。下手をすると、自分の電話番号すらスマホ任せである。ましてやメールアドレスまで増えて、到底覚えられるわけがない。今はスマホが無いと間違いなく途方に暮れるだろう。
 
昔は手帳を新しくする度に、友人知人の連絡先を書き写していた。面倒だったが、その作業を楽しんでいた記憶がある。しかも、よく電話する友人や恋人、顧客の電話番号は暗記していたはずなのに。今の便利さに「慣れ切っていた」ことを思い知らされた瞬間でもあった。
 
そう、デジャブとはこのことだったのである。
便利になればなるほど無いと不便なものに一変するモノは、探せばまだまだありそうだ。
 
冒頭のICカードの話はその代表例である。
JR東日本管内で「Suica」が登場したのは2001年のこと。その頃は、到底自分ごとに考えられなかった。
「チャージして買い物までできるようになったら、無駄遣いが増えるだけだ」とハナから拒絶し、以降「ICOCA」「manaca」「PASMO」「PiTaPa」などが立て続けに登場すると、もはや追いつこうともしなかった。
「俺は絶対に利用しないぞ!」と心に決めたはずだったが……。
 
不思議なもので、ICカードでモノを買うのも、携帯で携帯番号を検索するのも、深夜コンビニへ走るのも、今となっては普通の行動である。見事なまでの変身ぶりに自分でも恥ずかしくなるくらいだが、生活様式の変化に「慣れた」だけとも言える。
 
もはや(数年前ですら)昔には戻れまい! という見切り。
だが、はたしてこのまま便利さだけを追求してもいいのだろうか? という不安。
 
いろんな思いがよぎるが、この「人間の慣れる習性」を逆に利用できないか? という気づきもある。
例えば、コンビニの営業時間を短縮してみる。省エネの促進、ゴミや騒音の削減、犯罪の防止に繋がって、(経営者には申し訳ないが)結果的に皆が住みやすい世界になると私は思う。時には不便さを感じることがあるかもしれない。しかし、人間ならそのうち「慣れる」だろう。
 
そうやって、「不便」を「便利(不便じゃない)」と感じる時代がいずれ必ず来ると信じている。なぜなら人間は「慣れる」ことができる賢い生き物なのだから。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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