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メディアグランプリ

夢中になれたものの出会いは好奇心と勘違い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高橋実尚(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おい! タカハシ! お前4月から部長だからな。よろしく」
 
「(えっ、あっ)はい、自分ですか? かしこまりました」
 
高校の運動部は上下関係に厳しい。9月の新人戦が終わり、私は次の弓道部部長を引き継いだ。
 
私の通った高校の弓道部は長い伝統があるにもかかわらず部員数の少なさに悩まされていた。所属していた当時、引退をする3年生は5人、2年生は3人、1年生の4人の合計12人。100人前後の部員を抱えるラグビー部からすれば、はるかに小さな所帯だった。
 
部長に任命された帰りの電車の中、うとうととしながら弓道をはじめたきっかけを思い出した。
 
1979年の夏休みの話だ。その日はなにもすることもなく、自転車で近所を走り回っていた。自宅から片道5キロも行った先に大きな建物が目に入った。なんだろう? と思うのと興味に惹かれペダルを漕いだ。正門には「区立総合スポーツセンター」とある。こんな大きな施設があったのかと驚きながら駐輪場に自転車を止めて施設の中に入った。
 
この年に新しく開館したばかりの建物は綺麗で明るい。大体育室、小体育室、剣道場、柔道場、アスレチックルーム、弓道場が室内の施設だ。
 
え、弓道場? 今まで見たことはなかった。剣道部に所属していた中学2年男子にふつふつと興味が湧いてくる。見てみたいと思い受付へ向かう。
 
「すみませーん。あのぉ、弓道場を見てみたいんですけど…… 見れますか?」
 
「えっ、はい…… 見学ですか…… 少々お待ちください」
 
受付の女性だけでは判断できなかったようで、急いで裏の事務所へ話を伝えにいった。
 
かなりの時間待たされた。道場を見学するだけでそんなに時間がかかるのか? と心の中でいぶかしむ。そして小太りの若い事務員が対応に出てきた。
 
「すみません。当館まだ出来たばかりで…… 恐れ入ります。こちらの用紙に記入していただけますか? あらためてこちらからご連絡いたします」
 
「えーっ、そんなに大変なんですか? (でも弓道場は見てみたい。仕方がない記入するか)それじゃ、今日は見学できないですね」
 
申込書らしきものに記入しながら尋ねた。
 
「あっ、道場の見学は大丈夫ですよ」
 
事務員は笑顔で答えた。
 
その申込書はなんですか? そんな質問をするまもなく事務員は奥へ道場の鍵を取りに行き、私を弓道場へ案内をした。剣道場とは違う武道場を見るのははじめてだった。
 
真新しい道場はアーチェリーと併用だ。弓具は仕舞われているのでただガランとしている。上座には神棚がありその下には大きな1枚ものの鏡が据えられている。矢を放つ射位から28メートル離れた先には、綺麗に手入れされた安土が盛られている。夜明け間際のように静かな道場で私は理由もなくワクワクしていた。
 
「来週までには連絡しますからね」といい終えると小太りの事務員はそそくさと事務所へ戻っていった。何の結果なの疑問のままスポーツセンターをでた。遠くに夕焼け小焼けが聞こえる。空腹はそんな疑問を忘れさせる。自宅に向けて私はペダルを勢いよく漕ぎ始めた。
 
見学から3日ほどたってあの小太りの事務員から電話が来た。
 
「先生のほうが了承されました。来週の金曜日の19時からになります。運動しやすい服装でお越しください」
 
「えっ、何のことですか?」
 
問い返す私。
 
「先日記入していただいた弓道初心者教室の申し込みの件ですよ。ほんとうは16歳以上が条件なのですが…… センター内の会議でもかなりの議論になりましたが、講師の先生が了承しましたので許可となりました」
 
私は弓道場を見学したいとはいったが、初心者教室に申し込みをするとはいっていない。だいいち募集していることすら知らないのだ。センターのほうの勘違いだ。
 
私は断らなかった。すぐにお願いしますと返事をした。弓を引くことに興味もあったが、理由もなくワクワクしたあの日の私が背中を押したのだ。
 
翌週の金曜日から休むことなく半年通った。講師の指導方針はたのしく弓を引くこと体験してもらう。弓道の作法から入らず弓を引くことから教えられた。そうなると教室に通うのが楽しくて仕方がない。教室が終わると共に参加者がクラブを作るので参加させてもらった。中学生なのでクラブの運営費は半分にしてもらえた。多くはない小遣いだったのでたいへん助かった。中学3年になり部活動も引退したが、道場には通い続けた。お年玉と小遣いをためて道具も購入。当然のように弓道部のある学校が志望校になった。
 
体がブルっと震えた。ハッ! として目が覚める。降りる駅はあとふたつ先だ。
 
好奇心と誤解から巡り合った弓道。嫌なことがあっても弓を引いている時は無になって忘れられる。進路を決めるときにも大きな影響を与えた。高校の部活ともなれば、楽しいことより辛いことの方が多い。それでも部を任されるまで夢中になるとは思わなかった。大学進学と共に弓道から離れてしまったが、これほど夢中になれたものにまだ出会っていないし、もう出会うこともないだろう。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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