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「大きな石」は「大きな意志」である話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:國井江美子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「安江かえで」という陶芸作家がいた。
 
2016年3月13日、この世を去ったという。享年38歳。
病名は書かれていなかったが、病気による急逝だったそうである。
この朴報を目にした瞬間、からだ中の細胞がシン……となった。
それが事実だとわかってしまったとき、とても大切な友人を失ったかのような空虚感がわたしをおそった。
彼女はわたしのことなど覚えてもいないだろうに。
いつの間にか彼女はわたしの「大切な友人」のような存在になっていたのだ。
 
彼女がなくなる1カ月ほど前、わたしは彼女を見かけていた。
場所は雑司ヶ谷の手創り市。
2月の寒空の下、鬼子母神の境内にはたくさんのクラフト作家が、それぞれに自分の作品を並べていた。
その一角に、安江さんも出店していたのだ。
 
安江さんの作品は、安江さん本人の印象とよく似ている。
シンプルで派手さはないけれど、なぜか魅力的。
 
器なら、料理やお菓子など盛られた主役を存分に引き立てる。
カップなら、淹れられた珈琲の香りや風味をじっくりと味わいたくなる。
どこか無骨さを残した手触りもよく、ほっこりと落ち着く質感があり、妙に愛着が湧く。
 
あなたの周りにもないだろうか?
日常の風景にすうっと溶け込み、気がつけば日々の生活にかかせない“スタメン”になっているアイテムが。
 
安江さんの手から創り出される作品は、とりわけ何かを主張するわけでもなく、必要なとき必要な役目を果たし、あとは静かに佇んでいる。
最後に姿を見掛けたあの日の安江さんもまた、作品を前に静かに佇んでいた。
 
手創り市に行けば、当たり前に会えると思っていた。
彼女にも、彼女の作品にも、会えると疑わなかった。
 
割れてしまった安江かえでの珈琲カップ……。
 
作家ものの陶器は、この世にふたつと生まれない。
どれもが、唯一無二の一点ものだ。
 
≪どうしてこう、いつも迂闊で軽率なんだ≫
洗剤のぬめりと万有引力に負けた、自分の手を責めた。
 
取り返しのつかないことをするのは、一瞬だ。
 
こうして、わたしの手元に残った「安江かえで」は一枚のお皿のみとなった。
このお皿をじっくりと眺めながら考えてみる。
 
彼女が駆け抜けた38年という生涯は、どうしたって短いと言わざるをえない。
やりたいことも、やり残したことも、たくさんあっただろう。
しかし、残された一枚のお皿に宿る彼女の誠実な仕事の跡を見るにつけ、思うのだ。
 
【安江かえでの人生は幸福だったにちがいない】と。
 
そんなことを考えていたらふと、頭の片隅にあった、とある話が思い出された。
有名な話だから、知っている人も多いと思う。
 
実際にある大学である教授が行った、授業の話である。
 
『さあ、クイズの時間だ。ここに水槽がある』
 
教授は、教壇の下から大きな石を取り出して、ひとつひとつ水槽の中に詰めていく。
そして生徒たちに問う。
 
『水槽は満杯になったかな?』
 
『はい』と答える生徒たち。
 
『本当に、そう思うかい?』
 
すると教授は、教壇の下からバケツを持ち上げた。
バケツを水槽の上でひっくり返すと、細かい砂利や砂がこぼれ落ち、大きな石と石の隙間を埋めていく。
 
『水槽は満杯になったかな?』
 
『いや、まだだと思います』今度は、生徒たちがそう答えた。
 
教授は教壇の下から再び、バケツを持ち上げた。
バケツの中には水が入っていた。
水槽のふちギリギリまで、なみなみと水が注がれた。
 
『水槽は満杯になったかな?』
 
『はい』生徒たちの声がそろった。
 
『うむ。ではこの例から、わたしの言いたいことが何か、わかるかな?』
 
ひとりの生徒が手を挙げた。
 
『どんなにスケジュールが詰まっている時でも、努力次第でさらに予定を入れることができる、ということですか?』
 
『なるほど。だが、ちがう』
 
やがて挙手する者はいなくなり、教室は静まり返った。
 
教授が口を開いた。
 
『この例から導き出される真実とは「大きな石を先に入れない限り、それが入る余地は、その後どこにもなくなる」ということだ』
 
教授は続けて言う。
 
『君たちの人生にとって、「大きな石」とは何だろうか?
 
人によってちがうだろうが、それは仕事だったり、信念だったり、愛する人だったり、夢やビジョンだったりする。
ここでいう大きな石とは、君たちにとって「人生で最も大切なもの」を示す。
それを、いちばん最初に水槽の中に入れなさい。
さもないと、君たちはそれを永遠に失うことになる。
もし君たちが、小さな砂利や砂や……自分の人生にとって重要性の低いものから自分の水槽を満たしていけば、君たちの人生は重要でない何かで満たされたものになる。
そして大きな石、つまり自分にとって本当に大切なものに割く時間を失う。
その結果、それ自体を失うことになるだろう。
 
もしこの水槽が人生だとしたら、君たちは何を入れるかね……?』
 
――わたしにとって非常に耳の痛い話だったので、印象に残っていたのだ。
人生における重要な項目を先延ばしにする傾向のある人は、意外と多いのではないだろうか。
 
1日は24時間、誰にも平等に訪れる。
しかし人生の尺は、誰にもわからない。
 
安江かえでの人生は、短かった。
けれど彼女は自分の水槽に「大きな石」を先に入れることを忘れなかったのだ。
それは彼女のプロフィールを見ても明らかだが、何よりも作品が物語っている。
 
彼女なき今も、彼女の作品を求める声はやまない。
 
土と水と、炎に捧げた人生。
 
安江かえでの人生が、幸福でなかったわけがない。
 
 
 
 
***

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2021-02-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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