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自殺未遂時、私が買ったレスキュー隊

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記事:女子大生(チーム天狼院)
 
 
華の大学一年生。
愛犬が死に、一年付き合った恋人と音信不通になり、同性と付き合っていたことが親にバレた最悪の一年。暗黒時代の幕開けだった。
 
死に物狂いで合格した東京の大学。小中高と12年間女子校に通い続けた私にとっては、甲子園のような憧れの存在だった。
しかしいざ蓋を開けてみると、最初の街にいるべき勇者が、世界で3番目くらいに強いモンスターに丸腰で戦いを挑むようなものだった。
女子校出身の私には馴染みのない空気が居た堪れなかった。同級生が当たり前にこなしていることがまったくできなかった。楽しげなノリ、冗談が分からない。芸能人もはやりのドラマも男子との距離感もわからない。真似事をしてみるけれど、スベる。スベり倒す。真似ることを諦めた私はちょっぴり浮いていて、「別枠」に隔離された気がした。
 
孤独死しそうになりながら帰省したのが初めてのGWだ。
私を待っていたかのように犬が衰弱していき、そのまま大きな動物病院に入院した。気も体も弱く優しい子だった。命が危ないと連絡を受けて家族で手術室に入ると、こちらをみることはできずとも、弱々しく尻尾を揺らしてから動かなくなった。それからは、先生の優しさだけで、心臓マッサージだけで心電図だけが生きていた。小学校に入ったばかりの頃、売れ残って震えていたあの子を見過ごせず、どうしてもこの子がいいと泣いてねだった子だった。姉妹のように思っていた。当然、私のメンタルはボロボロになった。
 
毎日泣いて過ごした。そして、付き合っていた年上の女性に、介抱を求めてしまった。わかるよ、つらいね、といって抱きしめて欲しかった。私がいるよと言って欲しかった。彼女も、初めはそうしてくれたのだ。でも、ペットロスは一度や二度泣いたところで治らない。鬱々とした幼稚な私に嫌気がさしたのか、次第に彼女とは連絡が取れなくなっていった。初めて心の底から好きになった人で、運命ってこんな感じなのかも、と思えた。笑いのツボがおんなじで、好きな食べ物が似ていて、大事にしたいものが一緒。幼い私に「この人しかいない」と思わせるには十分すぎる材料だった。
 
それから私は、うつ病になった。たぶん。
ごはんが食べられないし、眠れないし、部屋が片付けられない日が何ヶ月も続いた。いつ使ったのかわからないマグカップには白いカビが生えていた。見かねた母が下宿先に訪ねてきて、「何かあったなら白状しなきゃ勘当する。妊娠したんじゃないでしょうね」と脅された。もしかしたら受け止めたくれるかも、と期待してしまった。共学に馴染めないこと、犬が死んでしまったこと、彼女と音信不通になったこと、そしてそれらが仕方ないと思えるほど自分はどうしようもない人間なので死にたいと思っていることを嘔吐するみたいに勢いよく吐き出した。その時、霞んだ視界に映ったのは、絶望した母の顔だった。
 
家族とも疎遠になり、学校ではどこか浮いているこんな私だが、SNSにはなんとか居場所があった。
鬱っぽい投稿ばかり並んでいて、見苦しいことこの上なかっただろう。現実世界で関わりがある人がほとんどフォロワーにいなかったので、簡単に縁を切ることができるのがSNSのいいところだ。私にうんざりした人は消えていき、優しくしてくれる人だけが残った。優しい言葉が並ぶ画面のおかげで、なんとか生きていた。
 
でも、次第に満たされなくなった。やはり文字だけでは物足りなかった。ベランダの柵に座ったこともある。どうせ死ぬなら、最後に誰かの温かさに触れたい。抱きしめられたい。全部忘れたい。忘れさせてほしい。あー、もう我慢できない。
 
……と、普通ならここで、ワンナイトラブなんかが始まりそうなのだが、変なところで真面目だった私は「事故が起きてはならん」「依存したら今度こそ本気で死ぬ」という理由からとあるサービスにお世話になった。
 
レンタル彼女だ。
 
うん、ギャルがいい。
この傷を癒すにはギャルじゃないとダメだ。天啓を受けて女性を探し、指名した。
依頼内容は「ただ話をして、頭を撫でてほしいです」だ。私が指名される側だったら絶対に焦る。精神的にやばい人なんかな、と身構えてしまうだろう。大変なお仕事だ。
 
だけど女性は、とても朗らかに待ち合わせ場所へやってきた。
「ヤッホー! 〇〇さんですか? チョーかわいー!」
やっぱギャルじゃなきゃダメだったな。確信した瞬間である。料金を先払いし、システムについて説明してくれていたけれど、じんとしすぎて何も聞こえなかった。
 
冷たい私の手を取って、ギャルは言った。
 
「個室のお店予約しといたから、思う存分泣きなね! いこいこー」
 
もう、この時点でちょっと泣いた。人の優しさに初めて触れた化け物ってこんな気持ちなんだろうな、なんて考えながら歩いた。夏目友人帳とかに妖怪役として出演できそうだ。普段はゴミ溜めのような新宿が、ロマンチックなイルミネーションに見えた。
 
お店は完全個室で、薄暗く小綺麗だった。とりあえずお酒とおつまみを頼んで乾杯した。
 
「で、どしたの? なんでも話してみ」
 
──たぶん、この人は絶対に優しくしてくれる。傷つけられることも、見放されることも絶対にない。だって私がお金を払っているから。
そう思った瞬間、涙が止まらなくなって、何にも話せなくなった。でも、泣いたのは久しぶりだった。
かわいい女子がよくつけている香水の匂いがする。泣いている間ずっと、抱きしめながら頭を撫でてくれた。たまに聴こえる知らない曲の鼻歌が心地よく、これまた久しぶりに、うたた寝をした。
 
正直言うと、お姉さんの顔も名前も覚えていない。でも一生分泣いたんじゃないかってくらい泣いて、甘えて、安心した、忘れたくても忘れられない時間になった。私が予約したのは3時間だったけど、お姉さんは結局5時間以上一緒にいてくれた。申し訳なくなって料金を支払おうとしたけれど、「気にしなくていーよ! どうしてもお礼したいなら、元気にご飯食べれるようになったとき一緒に食べよ」と言って受け取ってくれなかった。そしてお姉さんは「彼氏できたから!」と言ってその後すぐにレンタル彼女を辞めた。
 
結局何も話してないし、それ以外は何も言われていない。ただ同じ時間を過ごして、抱きしめあっただけだ。
でも、たったの8000円で買った優しさで、私は命を取り留めた。
 
辛いこと、苦しいこと、人によってツボやキャパがあると思う。
唯一共通して言えることといえば、限界が近づけば近づくほど人は甘えることが下手になり、ひとりになりたがるし、まともな判断ができなくなる、ということだ。今となっては幼稚で恥ずかしい理由だが、当時の私にとってはどれも重大事件で、死に至るほどのものだったのだ。お姉さんがその理由を無理矢理聞き出さず、笑わず優しくしてくれたから、私は今、無事に社会復帰することができた。
 
もしも私があの時の私のような人に出会ったら、何にも聞かずに抱きしめたい。命を吹き込むのに見返りなんかいらない。ぎゅっとして、背中をさすって、泣かせてあげたい。名前も知らないお姉さんがくれたように。
 
 
 
 
***

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2021-02-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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