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人事部長とコロナと私


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記事:ルルララ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
それは11月上旬の日曜の夕方だった。コインランドリーの乾燥機に洗濯物を放り込みに行く途中、会社の総務部長から電話が入った。私はコンプライアンスの責任者で顧客情報の保護も担当しているので、土日に同僚から電話があるのは、社員が携帯をどこかに忘れて顧客データ流出のリスクが発生した云々、という場合がほとんどだ。私は、
 
「なに、また誰か携帯落とした?」と尋ねた。総務部長のTさんは、
「違う。今回はララちゃんにも関係があるよ」
「え? なに、どんな?」
 
聞くと、同僚で直前の金曜日に同じ会議に出ていた人事部長が、PCR検査を受けて陽性だったという。
 
「……。わかった」
 
私はすぐに自分の部下に連絡を取った。人事部とコンプライアンスは同じエリアに席があり、直前の金曜日に人事部長と接触した部下が数名いたからだ。すぐにPCR検査を受けるよう指示をした。
 
私自身もリスクがあったので、その日中に検査を受けに救急病院に行った。が、結局、その日中は無理とわかった。まずは栄養をつけよう、と蕎麦屋で天ざるを食べ、とぼとぼ自宅に帰った。帰りがてら、なんとなく、頭がぼうっと熱っぽい気がしてくる。気のせいか。罹患したか。焦った。家には猫2匹がいる。自分も陽性だったら、猫をどうしよう。面倒を見る人がいないからと保健所送りになったら……。そんなことは絶対にさせない。自費で消毒業者を頼み、完全消毒してから猫を引き取りに親に頼み込むか。親も高齢だし、あぁ、どうしよう……。いろんな考えが頭を巡った。が、家に帰って熱を測ると平熱だった。
 
その夜にネットで近所の大病院でPCR検査予約をし、翌日検査を受け、無事陰性だった。
 
そこからは、人事部長を心配する日々が始まった。私は内部通報や法務の担当もしているので、通報が入った社員の処分について、その他の問題社員の処し方について、よく話をする間柄だった。さらに私はダイバーシティ推進も担当しており、人事部長と協働する場面が多かった。性格的にも、ストレートにモノをいう私と、のらりくらりかわす彼は、水と油のように見えて、うまくいっていた。彼が離脱すると、単純に仕事上困る。また他部門ながらパートナー的な立ち位置なので、単純に寂しい。彼は持病持ちで体格も大きい。重症化は必至と誰もが考えた。万一のことがあったら、どうしよう。
 
彼は独り者で、病室で寂しいのでは、と私は毎日電話した。仕事がひと段落した夕方、その日会社で起きたこと、仕事の愚痴など20分ほど会話した。彼は最初、「全然症状がなく、苦しくない」と話していた。「でも、血中酸素濃度を測ると、低いんですよ」と。「そうなんですかぁ」私はなるべく明るく返事をしながら、毎日少しずつ血中山荘濃度が下がる様子を聞いて、「とにかく毎日電話して生存確認せねば」と、定時の電話を欠かさなかった。
 
ある日の昼間、同じ人事部のAさんから「容態が悪くなり、ICUがあるS病院に転院したんですよ。口外しちゃダメなんですが、ララさんには伝えたくて」と言われた。ICU……。もっと心配する日々が始まった。すぐに、「危機的な状況」という話が伝わり、「今週末が勝負」と言われた。
 
ちょっと待ってほしい。万一のことがあったら?もう、悪いことしか考えられなかった。しかし、悪い方向にしか考えられないと自分の気もちも参ってしまうし、それが現実になりそうに思えた。けれど、「首になりそう」と言いながら生き残ってきたしぶとさがあるじゃないか。ポジティブな方向に考えを向け、とにかく祈った。それしか出来ることがなかった。
 
祈る中で、頭に何度となく浮かんだことがあった。人事部長と私と2人の同僚で毎月定例で飲み会をしていた。町の中華屋さんで、第3金曜日に集う。糖質を控える彼はいつもハイボール。でも餃子は2皿必ず頼む。中華料理を肴に、いろんな話をして、最後は杏仁豆腐で〆る。2~3年続いていて、それは「あって当たり前」だった。楽しくて、その飲み会があることに感謝はもちろんしていた。けれど、それができなくなる日がくる、と考えたことはなかった。
 
私は、今自分の身の回りにいる人、起きていること、が当たり前にあるのではない、と感じた。「有り難い」と書くが、まさにそうなのだ。
 
その週末が過ぎて2~3日経過し、切り抜けたかもしれない、と思ったころ、先のAさんから「ヤマは越えたようです」と知らされた。
 
ICUから普通の病棟に戻って電話したとき、臨死体験(「寝ている自分を上から見下ろした」等)をしたと彼から聞いた。医者から、1%の確率で生き残ったと言われた、とも聞いた。なんでもいい、私は思った。生きていてくれたから。
 
会社に復帰して最初の定例飲み会は、中華でなくしゃぶしゃぶ屋を選び、みんなで彼にご馳走した。「あれだけ心配かけてこっちが奢られたいわ」と思いながら、いつもののらりくらり口調を聞いて、あぁ、本当によかった、生と死は本当に紙一重で、でもこんなに違うのだ、と改めて思わされた。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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