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あの女の子は、いつかファーブルになる 〜水中昆虫タガメは、洋梨La Franceの香り〜

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記事:古山裕基(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「このタガメは、洋梨のLaFranceの香りがするんだ、知ってた?」
「?」「?」「?」
画像を見て、「タガメ!」と即答した子どもたちに、戸惑いが拡がっていった。
子どもたちは、タガメをネットやYouTubeで見て、知っているという。
しかし、このタガメの実物を見たり、そしてその香りを知る子どもは一人もいなかった。
 
この日、昆虫食の出前授業をやることになったわたしは、
子どもたちに、洋梨のLa Franceの香りがするというタガメの香りを体験してもらい、タガメのエキス入りのサイダーを試飲してもらおうと考えていた。
 
授業の前半は、わたしが話をすればするほど、子どもたちのタガメのマイナスイメージはどんどん膨らむ一方だった。
例えば、タガメが可愛らしいメダカやカエルを捕らえて食べるという話は、子どもたちにとってショックであったし、先生も、「こんなのが台所にいたら、殺す!」と答えるほどに、その姿はグロテクスに映るのだ。
「キッショー(気色悪い)!!」という子どもたちの声があちこちから上がる。
 
これから話すタガメを食べるタイについて、誤解を受けるのではないかと、わたしは恐れていた。
なぜなら、実はわたしも「気色悪い!!」という思いは同じだったのだ。
それは、20年前のある出来事が原因になっている。
 
20年前、わたしはタイ東北部の農村にある孤児院でボランティアをしていた。ある日、子どもが自分でとったタガメを見せてくれた。
彼らは、それを食べるという。
そこで、私もそれを食べようと思った。なぜなら、子どもたちが考える“外国人は虫を食べない”というハードルを越えれば、彼らとの距離感は一挙に縮まると思ったからだ。
しかし、タガメの伸びた手がわたしの唇に触れた途端、ダメだと思った。
やはり、わたしは食べることができなかった。
その晩、タガメを使った料理を子どもたちが食べる中、わたしだけは、ケッチャプで炒めたただの炒飯だった。
それ以降、虫を食べないと諦めて20年近く経つ。
 
しかし、そんな自分の思いが揺らぐ昆虫食を紹介する本に出会ったのだ。
そこには、古代ギリシアの哲学者アリストテレスがセミのおいしさを述べた以下の文章が紹介されていた。
「蛆は地中で生長して「セミの母」になるが、外被の破れてはがれる前の、この時期のものが一番うまい。」そして、
「最初は雄の方がうまいが、交尾後は雌の方がうまい」
と動物誌(第5巻30章)に書き残している。
続けて、
そんなアリストテレスの文章を読んだ昆虫記の著者ファーブルもセミを食べたことが紹介されていた。
彼は調理法を、「オリーブ油数滴、塩一つまみ、玉ねぎ少々、」とし、セミをエビの味がすると評しているのだが、「とてもかたく、汁が少なくて まるで 羊皮紙をかんでいるみたい」と締め括っている。
ファーブルは、アリストテレスのようにセミのおいしさまでには、たどり着けなかったようだ。
しかし、そんなことはどうでもよいのだ。
問題は、昆虫記を書き始めたのが55歳を過ぎたファーブルは、いったいどんな思いでセミを口にしたのだろうか。
 
また、その本には、タガメは洋梨のLa Franceの香りがするとも書かれていた。早速、WEBで調べたところ、このタガメのエキスをサイダーに入れて発売している会社があった。「これは子どもたちの授業に使える!」と思い、このサイダーを購入した。
 
わたしは、タガメについての、一通りの説明を終えて、タイではこのタガメを食べる話を続けた。
「あんなキッショイ虫を食べるなんて!!無理」
この時、子どもたちの嫌悪感はクライマックスだった。
 
そして、わたしは、今日の本題に入った。
「実は、日本で、このタガメのエキスを使ったサイダーを売っている会社があって、今日は、それをみんなに試飲してもらいます」
子どもたちの悲鳴のなか、わたしはパッケージにタガメが描かれたボトルの栓を開けた。
 
コップに注ぐと、確かに何かの香りがする。La Franceというより青リンゴの香りに近いのかも知れない。子どもたちは「えー、飲めない、こわい」などの声が聞こえていた。ここで大人が最初に口にしては、意味がないと我慢していた。そしてついに一人のチャレンジャー(女の子)が思いきって飲んだ「あっ、おいしい、コレ!」。それからは、次々と飲みだした。「思ったより、おいしい」という子どもたちの声、先生からは「全然、イケる」という声も聞こえてきた。
 
そして、自分も口にしてみた。それは、わたしにとっても、文句なしに「おいしい」ものであった。20年前、わたしが経験したかもしれないことを、子どもたちは易々とやってのけたのだ。
 
そして、次は、ジップロックで密封されたタガメの実物の香りを試すことにした。封を切ると、先ほどのサイダーより、はっきりとした香りが漂ってきた。子どもたちは、実物を手にして、重みや、形を指で触れながら、タガメから漂う香りに顔を近づけていた。タガメの雄は、雌をおびき寄せるためにフェロモンを出すという、つまりこれが、La Franceの香りの正体だったのだ。騒めきが止み、子どもたちは、熱心に香りを確かめていた。特にサイダーを最初に口にしたあの女の子は、タガメを眺めながら、まるで指に姿を記憶させるように何度もジップロック越しのタガメを触り続けていた。
20年前の私とあの女の子とは何かが違うのだ。
 
ファーブルは、アリストテレス に続いた。
私は確信する。
あの女の子は、ファーブルになる。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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