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有松絞りの伝統は、キャッチアップにあり


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記事:大島一浩(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
江戸から87里。
かつて江戸の人々は、東海道を伊勢神宮へ向う途中で、名物有松絞りに出会えた。
 
江戸から伊勢神宮へは通常二週間程度かかったそうである。一日30~40Kmを歩き続けることになる。わらじで毎日歩き続けるのは、さぞかし大変な旅であったろう。私ならば、初日で途中棄権となる自信がある。
そんな旅の途中に有松絞りを購入することが、旅の楽しみだったそうだ。
 
それほど江戸では有名だった有松絞りだが、現在その名前と商品を知っている人は少数派かもしれない。
絞りとは、布をきつく“くくり”その後に染色する。くくられた内側は染料が入らず白く残るので模様となり、さまざまな柄を表現することができる。古くから世界中で行われていて、有松絞りは主に木綿に染色して、日本手ぬぐいや浴衣を生産し、東海道一の名物として江戸で名をはせたのである。
 
だが、どうして350Kmも離れた小さな街道沿いの集落で行われていた染物が、江戸で人気になったのであろうか?
尾張藩が、有松の絞り商に独占販売権を与え保護したとか、江戸の徳川家に献上して名を広めたなど様々な要因があげられるが、その最大の要因は、情報のキャッチアップだった。
 
江戸時代の江戸では平和な町人文化が生まれた。江戸の庶民は華美ではなく、サスティナブルな生活を営んでいた。というのは事実だが、人は少しでも生活に余裕が出てくるとおしゃれをしたくなるものである。江戸町民へも、たびたび幕府から倹約令がでていることから、実際にはおしゃれに気を遣う人々も多かったに相違ない。呉服屋は流行の色柄の反物を揃えて、裕福な人々へ販売していたそうである。
 
有松絞りが、そんな江戸で人気を得るということは、韓流スターを日本でプロデュースするようなものである。遠く離れた地の言葉も違うスターが、自然発生的に流行るわけがない。京都や加賀友禅などの格式もない有松絞は、その時々の流行を読み、人々が見たことのないような色柄を提供して、プロデュースをする。ちょうど流行にのった容姿端麗な韓流スターを日本人受けするようにアプローチするようなことが必要だったはずである。
 
そうなると江戸からの距離は大きな障害となっていたのではないであろうか? 韓国と日本の距離は、現在では飛行機はもちろん、ネット環境が広くいきわたって遠くに感じられないが、江戸から有松までの距離は、歩くと10日ほどかかった。飛行機を使えば地球の裏側のアマゾンまで行けるほどの日数が必要だったのだ。
 
そこで重要な役割を演じるのが、情報ネットワークとしての東海道である。
東海道は、家康が関ヶ原の戦いの後、たった1年で整備させた情報の通り道である。戦時下における情報のやり取りを主目的として作られたものだが、平和な時代に入りどんどん民間利用されていった。先述のお伊勢参りもその一つ。
当時は、電話もなければネットもない。情報は人づてに伝えられるため、旅人は重要な情報屋であった。そして旅人が多く往来する東海道は、まさしくインターネットとしての役割を担っていたのである。
 
有松は、東海道沿いの集落なので、当然江戸の情報は旅人によって手に取るように感じ取られたであろう。
江戸の越後屋で売られるきものの最新柄は何か? 吉原で流行している色は? とか、歌舞伎役者は誰が一番人気か? はやりの食べ物は何か? など、ひょっとすると手紙やかわら版などの印刷物を手に入れながら感じ取っていたかもしれない。
 
それをもとに新作を作り、宣伝にも力を入れて、江戸庶民にアプローチしていた。それが浮世絵に見ることができる。
 
有松にはいくつもの商家が、絵師に描かせた浮世絵が残っている。
中には江戸の歌川広重に描かせたものがある。そこには絞り商の大店の前を多くの旅人が行きかっており、中には店の中を覗き込むご婦人、駕籠に乗ったお侍、馬上の僧侶などが実に生き生きと描かれているのである。そんな活気ある街道沿いの大店の後ろには色とりどりの絞りの反物がたなびいている。まさしく当時の有松の繁栄ぶりと有松絞りの優雅さを描いた、販売用のチラシである。
 
江戸で販売用チラシの浮世絵を歌川広重に描かせるとは、いったいどんなことだったのだろう? お金を掛ければ依頼できたとは思えない。なにせ当時流行の絵師である広重だ。繋がりがなければ依頼すらできなかったのではないか? それもかなりよく知っている仲でなければ不可能であろう。
 
有力な説としては、狂歌の仲間を通して広重にコンタクトを取ったのではなかろうかと言われている。有松に残っている浮世絵には、狂歌が添えられていて、これは狂歌士のグループが浮世絵士に絵を描かせていたものと同じ手法なのである。有松の大店の商人たちが狂歌を好んでいたのも分っており、江戸の仲間と狂歌をやり取りしていたと思われる。その関係を利用して広重に絵を描かせたということなのだ。
ここでも、東海道の情報ネットワークがなければ成立しない人間関係が見えてくる。
 
江戸の流行を旅人から、参勤交代のお武家様から、また狂歌などの仲間からも貪欲に取り入れていたに違いない。その流行を木綿手ぬぐいで、庶民にも購入可能なものとして、旅行く人に販売したのだ。
中でも代表的な豆絞りは、歌舞伎役者がまとっている浮世絵があるほどだ。350Kmの距離を乗り越えて、キャッチアップをし、流行を発信することができていた。
 
有松絞りが、旅のお土産品ナンバーワンとなったのは、宣伝まで、最先端のマーケティングの結果だったのであろう。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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