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出産の痛みを夫と分けた日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐々島由佳理(チーム天狼院)
 
 
「喉の中をレーザーで焼き切る痛み」
 
私の中で「出産」と言えば、これを思い出す。
 
「鼻の穴から丸ごとスイカを出すような」
「尖った五寸釘の上にお股から落ちる感じ」
「お股からお尻の穴あたりまで、巨大なハサミでバッツン!」
 
歴代の経産婦たちから受け継がれた出産の痛みを伝えるための表現は、実にバリエーションが豊かだ。己の体験した壮絶な痛みを、あの手この手でどうにか理解してもらおうとプレゼンしてきた努力の形跡。
 
けれど、男性が出産の痛みを体験すると気絶するとか、死んでしまうなどと囁かれているくらいである。丸ごとスイカや五寸釘や巨大ハサミなどでは、まだまだ確実に表現できているとは到底思えない。実際、二人の子を産んだ私には、どれも言い得ているようでもあり、どれも完全にしっくりはこないのだった。
 
難しい。出産の痛みを上手く言葉で説明するのは、いつの時代も実に困難だ。
 
 
「この痛みと不安を、どうすれば夫に伝えられるのか……」
 
当時、第一子の出産を控えた私は、よぎる不安を解消するためにも、予想される出産の痛みについて少しでも夫と事前に分かち合っておきたかった。お医者さんや助産師さんたちに助けられつつ、夫が立ち会いながら応援してくれたとしても、結局最後に頑張るのは自分自身と赤ちゃんだ。まだこの世界に生まれ出てもいない、小さい命と私の二人三脚。しかも未体験の激痛と戦いながらとなれば、控えめに言っても、いろんな意味で恐ろしすぎる。
 
私は友達やネットを頼り、出産の痛みについて片っ端から情報を集めた。しかし、みんな言っていることがバラバラで、逆によく分からなくなっていくのだった。極めつけに、「まる2日間、陣痛と戦った」という猛者エピソードの詳細が友人から届いた。え、48時間? 痛みに耐える……?
 
その頃には、私はもう痛みや不安について考えることをやめてしまった。どれが正解かも分からなければ、結局のところ自分以外と痛みを分け合うことなどできないのだから、と私は腹をくくるのだった。
 
 
「立ち合いは無しにしようね」
 
そう相談したのは私からだった。もともと、私は痛みに強い方だと自負しているところもあったし、一番の理由は「出産中は夫の相手はしていられない」という点だった。
 
おそらく、これまで収集してきたエピソードをまとめると、出産は「壮絶」だ。これに尽きる。なんかもう、「ひ、ひ、ふぅー」どころじゃない。「ギャー」とか「ギャーーー」とか、「ギャーーーーーー!」とかだ。真っ先に浮かんだのは、「そんな世紀末感漂う私に、もしかしたらまる2日間も付き合わせるかもしれないのは申し訳ない」という気持ちと、「そのせいで気が散って私はきっとお産に集中できない」という心配だった。
 
激痛に悶える妻に長時間付き合いながらあれこれさせるのは、どこか気まずい感じがして、どうしても気が進まなかったのだ。
 
私は「大丈夫。ちょっと産んでくる」くらいの勢いだったし、夫も私の意思を尊重してくれた。
 
「痛みを分け合う」ことへの執着から“解放”された瞬間だった。
 
 
時を同じくして、夫は夫で、産まれてくる我が子のために、ある一大決心をしたようだった。
 
「いびきを治す」
 
突然そう言い出した夫。
 
すでにクリニックもいくつかめぼしをつけているほど前から考えていたようで、意思は堅かった。「自分のいびきで我が子の眠りを妨げたくない」のだと言う。彼を突き動かした理由は、曇りなくその一点だった。
 
これから生まれくる子のために、私は一人で母親になるのではなく、夫も一緒に父親になる。それぞれの準備は進められていくのだった。
 
 
夫はその日、マスクをして現れた。顔半分を覆われているにもかかわらず、それでも激痛で顔を歪める感じがビシビシ伝わってきた。「皆まで言うな」そう伝えるまでもなく、彼は「何一つ言うことができない」状態なのだった。
 
「日帰りレーザーいびき治療♪」を終えて帰還してきたのである。クリニックのサイトに音符は表記されていないが、なんとなく“日帰り”というワードが演出する気楽な感じが私の持つイメージだ。だから、想像以上に憔悴しきった夫の様子には驚いた。痛みで飲みも、食べもできないらしい。彼はほぼ何も言うことなく、我が子をそっと愛おしそうに抱き、そして病室を去っていくのだった。本来なら、いびきにサヨナラした万全の状態で我が子と対面するはずだったのだが。レーザー治療の日を狙うかのように、出産は予定日より2週間早まった。
 
 
そう、私は、無事に赤ちゃんを出産していた。破水からの陣痛促進剤により、あれよあれよと分娩台で、予定通り一人痛みと戦いながら。
 
やはり例外はなく、私の出産も「壮絶」だった。だからこそ、どうにかして、この痛みを分かってもらいたいし、一人戦った数時間を共有したい。私は先人たちと同じように、なんとかありったけの言葉を組み合わせてみるのだが……
 
「自分の肉の焦げる匂いを嗅いだことがあるか?」
 
夫が放ったこれほどのパワーワードに勝る表現が他にあるだろうか? 強すぎる。
 
 
私の壮絶な出産の痛みよ……。
 
悲しいかな、レーザーで喉の中を焼き切る痛みの前では、ちょっとブレちゃうのだった。どれくらい壮絶で、どんな痛みを耐えたのか、出産を乗り越えた自分をドヤ顔でプレゼンしたかったのだが、憔悴しきった夫の前では、それはもはや意味をなさなかった。
(痛み(人による)は収まり、問題なく治療は成功しています)
 
 
ただ、「私たち、良く頑張ったね」と“お互い”を労うことにはなった。
 
夫も私も、それぞれが戦ったのだ。
 
共通するのは、「愛する我が子のため」。
 
私は、痛みを分け合ったような感じがした。
 
とっても想い出深い、“私たちの出産”になった。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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