メディアグランプリ

銀テープと小さな幸せ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:珠弥(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私の推しは、所謂「2.5次元」と呼ばれる界隈で活躍している俳優さんだ。
 
初めて見たのは、友人に誘われた公演に同行した時。当時は正直、自分とは縁遠い趣味だと思っていた。でも、いざ芝居が始まれば、考えは簡単に一転した。原作のキャラクターを深掘りしている作品がとても興味深く、目が釘付けになった。映画作品やホラーゲームの考察サイトを読み漁ることが好きな私にとって、観客に思考の余地が与えられていたその作品傾向も、マッチングしたようだった。
 
友人が好きな俳優さんが、観客席の通路席を通りながら芝居をしている時、舞台上よりも距離が縮まった所で様子を見ることができた。キラキラの笑顔を間近で見て、私はあっという間に沼に落ちた。演じているキャラクターを通して、楽しそうにお芝居をしている一人の俳優さんの演技をもっと見てみたいと思ってしまったのだ。
 
“駅前のカフェにいます”
 
公演が終わると、友人や現地で仲良くなった人にメッセージを送る。推しを追いかけていくうちに、様々な変化があった。初めこそ一人、もしくは友人と一緒に観ていたが、ある日隣の席の方と話す機会があった。そうやって、ぽつぽつと、挨拶や会話の機会が増えて、いつの間にか近場の飲食店で人と落ち合うようになっていた。興奮が醒めないうちに、お互いに好きだった場面や推しの話をする。
 
「本当にかっこよかった!」
「あの場面の表情が好き!」
 
盛り上がる感想を伝え合うことで、一人で見ている時には気が付かなかった芝居の様子を沢山発見することができる。同じ作品を見ていたのに、ここまで着眼点や記憶力が違うのかとびっくりする時もあるし、やっぱりあの場面は良かったねなんて共感したりする時もある。
 
推しが出演する作品の観劇を重ねていく毎に、推しを見ること以外の楽しみも増えた。
色んなイベントや公演が、時には地方で行われていく。推しを知らないままだったら、一生ご縁がなかったかもしれない土地や会場、作品との出会いを重ねていけることも、魅力の一つになっていた。
 
ワンマンライブの時に、不思議な体験をした。
 
その日の私は、友人と大阪まで観光を兼ねてライブに向かうことにした。東京とはまた違った会場、そして思ったより前方でライブを見ることができたこともあって、終始はしゃぎながら推しのワンマンライブを見届けた。
 
ライブ終了後のことだった。銀テープが会場左右に設置された装置から沢山飛んでいく……はずが、思いのほか飛ばないまま、大きな塊となってボトリと私の足元に落ちてきた。周りの様子を見てみると、もう皆各々の銀テープを回収したようだった。会場内にはあまり人が残っておらず、半数以上が退場をしていた。
私は少しの間、足元の銀テープの塊を見詰めてから、手に取った。
 
「ちょっとさ、二階席の人に配りに行かない?」
 
思い付きの提案だった。何となく、この空間にいた人達と楽しみを共有したい気持ちが勝っていたのだ。銀テープ一枚で笑顔になれる人がもしまだいるなら、ゴミになるのはまだ早い。
 
友人も快諾してくれたので、一緒に二階席用の出入口に向かった。
自ら言い出したのに、どういうことだと失笑もしてしまうのだが、いざ出入口に向かうと、立ち尽くしてしまい、なかなか勇気が必要だった。最初の一人に話しかければ、勢いで行ける気がするのに。
そんな私は、ふと年配の女性と目が合った。思い切ってテープを渡しに行く。
 
「よかったら銀テープどうぞ!」
 
年配の女性の後ろから、学生くらいの女の子がひょっこり出てきた。私は親子で見ていたのだと察した。もう一枚、今度は女の子に向かって差し出す。二人は少し驚いたようであったが、すぐに笑顔で受け取ってくれた。
 
「今日、初めて実際に見ることができたんです。とても素敵でしたね」
「娘は一階席で見たがっていたのですが、私は座ってみたくて二階席にしてもらったんです。だから、この銀テープとても嬉しいです」
 
一言ずつ、そんな言葉をかけてもらえて、私も気持ちが高揚した。
そんな会話の様子を見ていたのか、次第に私の元に銀テープを受け取りに来る人が並び始めた。皆とても優しい笑顔で受け取ってくれ、大きな塊はあっという間にファンの手元に手渡った。
 
あの親子は地方から足を運んだのかもしれない。少しでもいい思い出になったならよかったな。そんなことをぼんやりと思いながら、翌日、私と友人は大阪観光をした。
行き先は推しの演じたキャラクターに所縁のある神社と、神社の前にある商店街だ。
 
参拝をした後に、商店街にある一つのお店を目指す。そこで推しがソフトクリームを食べている写真を、ブログに載せていたのだ。私たちも少し真似をしたくなって、お店に足を踏み込んだ。
 
お店の商品棚の一角は、神棚のように推しのグッズ展示場になっていた。思わず楽しくなってしまった私と友人は、飾られたブロマイドやグッズを眺めていると、店の奥から一人の年配の女性が出てきた。私は思わず息を止めた。
 
「とても礼儀正しいイケメンで、私もファンになってしまって飾っているの。ブログに写真を上げてくれてから、商店街に観光客が増えたのよ」
 
年配の女性は、にこやかな笑顔で推しの話をしてくれる。
 
「昨日のライブ、見られたのですか?」
 
友人が、飾られた銀テープを指差しながら伺うと、年配の女性は朗らかに笑った。
 
「優しい人達がいてね、二階席にいた人の分まで配ってくれたのよ。私も貰えたの」
 
何かに気が付いた友人が、私に目配せをしてくる。
私はこそばゆい気持ちのまま、そうでしたか、なんて相槌を打ってしまう。なんだか気が付いてもらうのを待つのも、私ですよ! なんて話しかけるのも、恥ずかしくなってしまったのだ。
 
挨拶を済ませてその場を締めようとしたら、お店の奥から学生くらいの女の子が、出てきた。
女の子は悪戯っ子のような顔でにこりと私に笑いかけて、そのまま静かに、自分の母親を面白そうな表情で見つめ出した。母親はそんな娘の視線には気が付いていないようだった。私は赤面しながら、そっと女の子に向かって笑いかけた。バレた!
 
推しの活動を通して得た体験は、瞬間的な過去の思い出に過ぎない。けれど、形として残っている銀テープや振り回したタオルや、アルバムに保存された友人との観光写真達は、至る所から当時の楽しい思い出を呼び起こしてくれる。そんな楽しい思い出たちが、また次の機会までの間の現実の日々を乗り越える小さなパワーとなることを、推しを通じて体感している。推しを通じて積み重ねていく日々はとても楽しい。推しができてよかったなと思う。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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