メディアグランプリ

VUCA時代のショートケーキ


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記事:服部花保里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
いわゆる自他共に認める新しいもの好きで、飽き性だった。
目新しいものに目が向きがちで、特に、シーズンのたびに繰り出される洋服のコレクションやお菓子の新製品には目がない。
 
お気に入りのブランドは、今年はどんなコンセプトで、どんな色やデザインを発表するのだろう、と季節の移り変わりより一足早いファッション業界の仕掛ける流行に、進んで踊らされるのも心地よかった。それゆえ、ファッションにおいて、シンプルやオーソドックスという単語は私の脳内の辞書にはなかった。おしゃれは引き算といううたい文句も、どうしてもピンとこなくて、好きなものを盛って、盛って、さらに盛る、というのが、ポリシーだった。
 
そんな調子なので、お菓子においても定番にはまったくといっていいほど、食指が伸びなかった。できれば、今まで食べたことない美味しさに常に出会いたいと思っていたし、無類の甘党としては、季節ごとの色とりどりの果物や風物詩にちなんだお菓子類には、いくつになっても心踊らされた。ケーキの類では、聞いたことのない名前をなるべく選ぶようにしていたし、いくつも食べられるわけでもないので、味の想像がつくものは選択肢から外しがちだった。ショートケーキなどは、その最たるもので、まったくといって興味が持てなかった。
 
そもそもショートケーキといえば、幼い頃からなにかと食卓を飾る機会が多かった。例えば、誰かの誕生日、こどもの日、入学やら卒業やらのお祝い。赤いイチゴと白いクリームの縁起の良さそうな取り合わせのおかげか、祝いの席には確かにその存在感が際立っていた。これだけいつもイチゴのショートケーキとなると、自然に飽きてくるというもの。さらには、あのスポンジとクリームの素朴すぎる組み合わせに、まったくときめかなくなった。
 
だいたい、我が家では、ケーキを食べるタイミングが、お祝いの食事でお腹がいっぱいになった後だった。こうなると、別腹とはいえ、満腹時に食べたショートケーキは、ただただ苦しかった記憶と結びつく。こうして、大人になって好きなケーキを選べるようになった私は、ショートケーキには目もくれず、次々と訪れるお菓子ブームに則ったケーキを選び、楽しむようになっていった。
 
しかし、そんな傾向に変化が訪れた。そのきっかけは、あるケーキに出会ったからだった。そのケーキとは、行きつけのパン屋さんが、特別な日(それは、クリスマスだったり、ひな祭りだったり、子供が喜ぶイベントであることが多い)に数量限定で準備する、イチゴのショートケーキだった。
 
ご夫婦で営んでいる、その小さなパン屋さんは、常連さんだけがこっそり通うような密やかさだった。パンもあまり多くは作られなくて、毎日気に入りのパンが手に入るとちょっとホッとする。そうなのだ。新しいもの好きを自称していたが、ここのパンは、いつも同じものを買い求めたいのだ。それは、このパンが何か安心を保証するような、生活のリズムを作る一部のような存在になっているからなのかもしれない。
 
そんなわけで、もともと足繁く通うパン屋さんではあったので、そのショートケーキの存在はなんとなく目に入っていたものの、買い求めたことはなかった。しかし、不要不急
の外出が制限されていたあの時期に、遠くに行くのもはばかられる中、ふとケーキが食べたくなり、その名も「パン屋さんのつくるショートケーキ」を初めて食べてみた。
 
奇をてらう部分がまったくないその味わいは、最近のふわっと溶けるようなクリームとは違って、しっかり口の中に残る甘さが幼い頃の記憶を呼び覚ますようだった。そしてそれは同時に、ショートケーキのまったくぶれることのない、イチゴ、クリーム、スポンジのバランスがもつ安定感にようやく気づいた瞬間でもあった。
 
もともと生活に根付いていたパン屋さんのそれだったからかとも思うが、この一件依頼、すっかりショートケーキの虜になっていった。そして、ようやくこの定番と言われるショートケーキに、どのお店もかなりの情熱を注いでいるらしいこともわかってきた。シンプルな、そして、誰でも知っているケーキだからこそ、そこにはお店ならではの秘密のレシピがあったり、イチゴの種類や切り方にこだわりがあったりと、小さいけれど作り手の思いが特に現れる存在なのだということも知った。そして、定番の中にこそ、核心が潜んでいるらしいということにも気づけるようになってきた。
 
新しいものを追い求めていた時もそれなりに刺激的な変化を楽しんでいたが、そんな変化に富んだ時代の先に、やはり人はいつも変わらぬものを求めるのだろうか。それとも、これは単に年を重ねたことによる、ノスタルジックな効用なのだろうか。
 
図らずも、VUCAの時代とも言われる昨今、V(Volatility:変動性)、U(Uncertainty:不確実性)、C(Complexity:複雑性)、A(Ambiguity:曖昧性)が増す中で、様々な変化に確実な答えを見出しにくい世の中のようにも映る。そもそも軍事用語から派生するVUCAではあるけれど、戦乱の世に人々が何よりも安心を求めたように、この先の希望と不安を同時に感じる変化多き時代に、こだわりの詰まった定番というものは、人々の拠り所になるのかもしれない。
 
と、ショートケーキを眺めながら思うのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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