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  マナー講師は駅伝ランナー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせ

記事: 莉都子 (ライティング・ゼミ平日コース)

「続けてください」

「精一杯できる全てやりました。他に何をすればいいのかがわからないんです」と食い下がる私。 

「続けてください」もう一度言われ、私はひとりその場に立ちすくんでいた。 

正直いってもう、限界まで頑張った。何かが、プツッと切れた気がした。

私には無理だったのかな。

緊張から解き放たれ、私は家のソファであおむけに寝転がりながら天井を見ていた。

「ねえママ、今日ハンバーグ食べたい」ちいさな子供たちが私の横に座りこんで無邪気におねだりをしてくる。

この3カ月、ママは自分のことばかりで寂しかったよね、ごめんね。ママもう、これで、やめようかな。

きっかけはOL時代の先輩からの誘いだった。「マナー講師養成講座に一緒にいかない?」

マナー講師って何? その頃はネットもなく情報は先輩の説明のみだった。新入社員にビジネスマナーを教えるインストラクターだそうだ。

子育てが終ったら専門職になりたい、と先輩にもよく聴いてもらっていた。その先輩が熱心に誘ってくれるので、行ってみることにした。なけなしの貯金から受講費を振り込んだ。子育て真っ最中、まず着ていくスーツがない。とりあえずある物で取り繕っておこう。ストッキングやパンプスなんて何年ぶりだろう。

週1回、全4日間の講習が終わったら、マナー講師としてのデモンストレーションを15分間、講師やスタッフの前でやって見せる。

4日間の初日、まず着ていった服装を注意され、茶色く染めた髪も黒に戻すよう言われた。

そもそも、社会復帰がこれからという産後主婦なのに、服装や立ち居振る舞いを教える立場を目指すわけだから、無謀だった。

何より子供を置いて、朝から夕方まで家を空けることがものすごく困難だった。夫と母の都合をパズルのように組み合わせ、頼みまくる。夫も母も、私が働こうとすることに大反対だ。母に連絡するたびに、家でのんびりしていなさい、と同じ説教の繰り返しで、話したい内容の3、4倍は時間がかかる。毎回説得だ。

そして、いざ家を出る朝には子供たちが、この世の終わりかというほど全力で泣き叫び、顔じゅうの穴という穴から鼻水やらよだれやらベトベトにしながらしがみついてくるのを引っぺがして主人に託す。後ろ髪ひかれる余裕などなく、バスに乗り遅れないよう猛ダッシュ。もちろん朝から髪はアップヘア。これが、なかなか綺麗にまとまらないのだ。

ようやく、マナー講師とはこういう内容を教える人なんだな、と理解しただけであっけなくデモで落とされ終了した。

マナー講座は掃いて捨てるほどある。が、研修会社主催のものは合格すると、即座にプロデビューできる。私の地元ではそうした研修会社は当時、3つしかなかった。その他ほとんどの講座は、習って終わり、という、お稽古事というパターンだ。

その講座で友達になった人たちは情報通だった。残る片方の研修会社は専属契約のみだから、他所の仕事は禁止される、と話していた。

必然的に残るもう片方の大手研修会社を狙う人は多くなり、年に1回の募集に応募が殺到する。そのほとんどが、事前のオーディションで落とされ、受講の権限を得られるのは12人のみだ。

友人らと単発のセミナーを受けたりしているうちに、本命の研修会社の募集がかかった。6人ずつのグループ面接だったが、奇跡的に私は通過した。私の回のグループから通過したのは私一人だった。

仲間から、すごい!! と驚かれた。誰よりも何もできない、茶髪をやっと黒くしてブラックスーツもどこで買うのかもわからないような私だけが面接を通ったのだから。

というか、他の人は応募すら結局しなかった、というではないか。前の小さい会社で落ちたのに受かるワケがない、と。え、じゃあ、何でいつも集まって情報交換したり講座受けてたの? と思った。

会場に着くと、受講生全員もう講師なんじゃないのかという佇まいで、アップヘアにブラックスーツ、凛とした微笑みをたたえ背筋を伸ばして着席していた。聞けば、以前にも社内でインストラクターだったとか、イベントのコンパニオンだとか経歴的に申し分のない方ばかりだ。部屋の空気がやたら澄み切ってピンと張り詰めている。

そして結果、見事その最終回のデモで落ちた。今回は絶対受かってやる! と、出来る全てやって来たのに。

プロの実力に未達、という判断で、全員落とされたのだ。希望者のみ1週間後に再試験を受けることができると告知があった。

私はこれ以上できないくらい今回はがんばったから、もう答えを教えて欲しかった。

一体どこをどうすれば良いのか尋ねたが、「続けてください」と言い残し、先生は東京に帰って行った。

 正直いってもう、ヘトヘトの飽き飽きのウンザリだった。もう無理だ。疲れた。

何をすればいいんだよーーー!!!

でもね、いったい自己投資、どれだけした? 子ども達に我慢させてそれで終わり? あんた専門職になりたいんじゃなかったの? もう一人の自分の声はきっと、頑張った自分の潜在意識からでていたと思う。

じゃあ続けてやろうじゃないか! と決めた。ただ続けるんじゃダメだ、もっと細部まで考え抜いて、寝言でも喋れるレベルにまで慣れろ私!! 

来る日も来る日も、姿見の前に立ち同じ15分の内容を繰り返す。練習と熟考を重ね、録音しては聴き直してみる。

オーディエンスも実際に近い方が良い。家じゅうのクマや犬のぬいぐるみを椅子に座らせて並べる。一匹一匹の目を見て笑顔で語りかける。当てて答えてもらう。

文字を壁に書く素振りだけでなく、新聞を壁に固定して実際にマジックで書きながら受講生にお尻を向けない、言葉を止めない、見やすい大きさでスムーズに書く。

こうなると逆にこれでいい、という天井ってないんだなと思いつつ天井にたどり着けないままデモ当日を迎えた。そして見事、合格! つまり採用である。12人のうち3人合格だった。

嬉しいというより、ここからが本番なんだな、まあよかったじゃん自分、という冷静な気持ちだった。そこからまた、デビューに向けての社内研修とデモが連日続いていくわけだから。

今はもうその会社から独立してしまったけれど、私はその時の先生に感謝している。先生の指導は正しかった。

「続けてください」

その一言がなかったら、突き抜けるということを知らない人生になっていたと思う。

「よ〜し、突き抜けるぞ!」と言って突き抜けるものではない。「続ける」という一言につきる。

だから私はこの春もフレッシャーズの皆に伝える。「これ、と思ったことは続けてください」と。辞めるのは簡単。精神面を含め、切れてしまう人は多い。

だからこそ辞めないのだ。その中から絞られた何人かが勝者になる。人生はその繰り返しだ。

そして、そこに指導者の愛がなくては伝わらない。先生からもらったタスキは私が次世代に必ずつなぐ。

 
 
 
 

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2021-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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