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マスクの下の気持ちはお見通し

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森典子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私が勤務している保育園は、春休みも夏休みも冬休みもない。仕事をする人に休みがないのだから、それを支える保育園に休みがないのは当然だと言えば同然だ。
園長の仕事をしている私は、この一年コロナに振り回された。入園式の参加人数の制限に始まり、運動会を開催するか否かなど、ありとあらゆることで判断を求められた。
一年経っても、余り状況は変わっていない。違うのは登園の自粛のお願いをしていないため、通常の人数の子どもが保育園に登園しているということだけだ。
入園式の翌日。園内は泣き声の嵐に襲われる。例年のことだが、昨年のこの時期は、登園自粛で子どもが少なかっただけに、通常の人数が多く感じられる。
新入園児は、今までいつも自分のことを守ってくれていた大切な人と引き離され、「ここは一体どこ?」という場所に置いて行かれるのだから大混乱だ。ひたすら泣いて大切な人を求めるしかない。
 
新しく入園してきた子どもは、入園式の翌日から、一週間くらいかけて少しずつ預かる時間を長くしていく。0歳児、1歳児のクラスは、担任が一人ずつ子どもを抱いても手が足りない。私も部屋に行って、泣いている子をおんぶする。
どんな子も人見知りで泣いているので、おんぶは顔が見えない上に、体のぬくもりが伝わり、99%の子どもは泣き止む。生き物は不安な時には、誰かにくっついて身を守る。
「人肌は人を泣き止ませる」。これは35年以上、保育園で何百人も見てきた私の持論だ。
 
保育のことが随分分かるようになってきてと思ってきたが、この4月新しい発見があった。慣れ保育一日目の1歳児。一番激しく泣いている子を背負って、テラスでいろいろ話しかけていた。すると、その子は泣き疲れていたこともあってか背中で眠ってしまった。だが、背中から降ろしたら、起きてしまう上、また泣くことになるので、そのまま起きるまで待つことにした。
20分ほど経つと、ガラスに映ったその子の目はしっかり開いていた。「起きたの?」と言って背中から降ろして、ひざに乗せて座る。最初の時とは違って、振り返って笑顔を見せてくれ、おもちゃで遊び始めた。もう大丈夫かなと思い、そっと膝から降ろそうとするとすぐにわかって膝に這い登る。その日は11時30分にはお父さんが迎えにくるということだったので、それまで一緒にいることにした。
給食の時間になり、抱き上げて椅子に座らせようとすると、私にしがみついて泣いた。結局膝の上にのせて、給食を食べることにした。お腹は減っているようで、パンを小さくちぎって差し出すと、まるで鳥のヒナが親鳥から餌をもらう時のように、大きく口を開けて、真ん丸の目でじっと私の方を見つめた。
「美味しいね」というと嬉しそうに、口をもぐもぐさせた。すると「もっとちょうだい」というように、こっちの顔を見つめる。「もっと食べるの?」というと、小さい声ながらも、
「うん」と言って頷いた。こっちの言っている言葉は理解しているようだ。何回か食べると、パンはなくなってしまった。
今度はおかずを食べさせてあげようと、スプーンでスープを口まで運ぶ。恐々口にするが、美味しかったようでスープを完食した。しかし、マカロニのソテーを一口食べると気に入らなかったようで、口から吐き出し、プイと横を向いた。そして、担任が食べているパンを指さして、こっちを振り返る。「パンがもっと食べたいの?」と聞くと、小さな声だったがはっきりと「うん」と言った。そしてパンをお替りをもらって食べた。
 
食べ終えたところに、お父さんが迎えに来てくれた。別れ際に大泣きしていた娘が、給食も食べたと聞いて、「よかったな」とお父さんが笑顔で子どもを抱き上げた。お父さんに抱っこされた子どもは帰る気満々で、バイバイと手を振った。
 
翌日出勤すると、やはり大泣きしていた。廊下からのぞくと私のことを指さして「うん」と言った。「先生に昨日ずっとおんぶされていたから、覚えているんだね」と担任が言った。
「一緒にいく?」と私が手を出すと、私の方に手を出して身を委ねた。抱かれると担任にバイバイと手を振って笑顔になった。
 
マスクをしている上に、わずか2時間ほど一緒にいただけなのに、子どもは目だけを見て、ちゃんと自分の気持ちを理解してくれた人を見分けることができる。子どもは「一日でもちゃんと自分のことを受け止めてくれた記憶は残っているのだ」と驚いた。
 
「目は口ほどにものをいう」と言われている。マスクから出ている目の表情だけで子どもはちゃんと自分のことをわかってくれる人を見分ける能力を持っている。何年も子どもと一緒に過ごしてきても、まだまだ新しい発見がある。やっぱり保育はやめられない。
 
しかし、子どもに言えることは、大人にも言える。悲しいことや辛いことがあったとき、「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけてもらえる人がいるのは、一番幸せなことだ。
子どもは大人にいろいろなことを教えてくれる。
あなたのマスクの下の気持ちは、いまどんな気持ちですか? 口でいくらごまかしても、目は決して誤魔化せない。
 
 
 
 
***

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2021-04-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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