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特別美味で幸福なチョコレートケーキはちょっとだけしょっぱい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:よしだ(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「お父さんが悪かったと思ってる。申し訳ない」
父と10年ぶりに再会したのは銀座の特別美味しいチョコレートケーキを出す喫茶店だ。
落ち着いたBGMと、店内の楽しそうな声がするなか、父は私に頭を下げた。
 
私が10歳のころ、両親は離婚した。
両親は私が生まれる前から不仲だったそうだ。こどもが生まれたらなんとかなるのではないか。そう考えた母の思いもむなしく、両親の溝は子育てとともに大きく大きく開いていった。
私は母っ子だ。母が大好きで、母の言うことをよく聞いていた。父の話もよく聞かされいていた。幼いながらになにか特にできるわけでもないが、母をできるだけ支えたいとは思っていた。
母が悲しかったり、体調不良が続けば悲しかったし、母が笑顔だったらほっとした。そんな私にとって、両親のけんかは恐怖そのものだった。
 
夜中にふと目が覚めると、母が泣きながら父に訴えている声が聞こえてくる。布団から出られずに私は一人で恐怖に泣きながら眠ってしまったことも少なくなかった。母と一緒になって私も悲しくなったし、そんな顔をさせる父は嫌いだと思っていた。
でも、一番嫌いだったのは、母が泣いているのに布団のなかで泣くしかない自分だった。
私は、無力だ。両親のけんかのたびにつきつけられる現実。
父を嫌いだと思えば思うほど、自分自身も嫌いになっていく。父を許せないと思えば思うほど、自分自身も許せなくなっていく。だって、私は、大嫌いな父のこどもだから。10歳にして、そう思っていた。
そして、両親は離婚した。
私は正直救われたと思った。ほっとした。母が泣かなくなったから。母もびっくりすぐほど元気になり、笑顔も増え、いきいきと働きだした。両親の喧嘩のない穏やかな日々が戻った。私はほっとしたのもあったのか思春期を取り戻すように反抗期を迎えてしまったけど。母も私の高校卒業を待って再婚した。
「あなたの保険が満期になったから、お父さんに連絡とりなさい」
20歳になった私のもとに、母から連絡をもらった。教えてもらった父の連絡先に電話をかけた。
「元気か?20歳おめでとう。お金のこともあるし、会おう。」
7年ぶりの父の声。ちょっとせっかちだけど、あたたかかった。両親の喧嘩の絶えない時期は不機嫌で声を荒げたり、家に帰ってこないことも多かったけど。父の優しい声だった。父と会う日が決まった。
その日から、私は不安定になった。眠れない。怖いのだ。父に会うのが、怖い。当時付き合っていた人に不安で泣きながら電話したり、一晩中そばにいてもらったりした。どうしたらいいのかわからなかった。頭痛もするし、胃も痛い。痛み止めばかり飲んでいた。毎日、一日を送るのが精いっぱいだった。
当日、私は吐き気を催して朝から何も食べれなかった。フラフラする。でも、会いに行かないと。お金のために。もらえるものをもらうために。はってでも行こう。何度も唱えて、銀座に向かう。
喫茶店に入る。父はもう来ていた。すぐわかった。懐かしい顔。ゴルフが好きで、やっぱり日焼けをしている。月日は経っていて、少し笑いじわは増えた。でも、笑顔は変わらない。
 
「元気か?」
父が声をかけてくれる。
「うん。元気」
「そうか、よかった。ほら、好きなもの注文しなさい」特別美味しいというというチョコレートケーキを注文する。
父の顔を見る。お互いの近況報告をして、少し沈黙が訪れた。そして、父は話し出した。
「お父さんが悪かったと思っている。申し訳ない」
父は続ける。
「お父さんがお母さんを悲しませたし、自分勝手だったと反省している。離婚して一人で生きてみて、家族のありがたさを思い知らされたよ。とりわけ、こどもに会えないのがこんなに悲しいなんて知らなかった。親らしいことをさせてもらえないって、こんなに苦しいって思ってもみなかった。今日は、会えてうれしかったよ」
父は頭を下げたのだ。
私は、もう涙が止まらなかった。
父は謝らない人だった。謝るくらいなら、どこかにふらっと家を出ていってしまう人だった。不機嫌なことも多かったが、悲しみやうれしいなんて感情を話す人でもなかった。感情とかのない、どこか冷たい人だと思っていた。そんな父が謝るなんて、ずるい。
許すかどうか、私にゆだねられてしまった。できるなら、お父さんが謝らないから私は許せないなんて思っていたかった。甘えていたかったのだ。
父が、私のことを思ってくれているなんて、知らなかった。母のことばかり味方をする娘なんて好きじゃないとばかり思っていた。お父さん嫌いって思っていたから、お父さんも私のこと嫌いだろうなって思っていたのだ。だから、こんなに会うのが怖かった。実の父なのに会うのにこんなに怖いなんて、おかしい。お金のことがなかったら父に会えないなんて、会う勇気すらないって、悲しすぎる。
いっぱい泣いた。もう、父が怖くなんてなかった。怖かったのは、私が父にひどい態度をとり続けて、父に許されるはずがない、嫌われていると思っていたからだと気付いた。
「ほら、チョコレートケーキ特別美味しいぞ」
父は笑う。父の笑顔なんて、ずるい。父はもうとっくに許してくれているのだとわかってしまう。
私は本当に怖かったのだ。でも、父はどうだったのだろう。
現在、私は2児の母だ。幸いにも夫が優しく、器の大きい人で、夫婦仲良く暮らしている。でも、万が一こどもと会えなくなったら。会えなくなったこどもと再び会える瞬間が来たとしたら。会いたい。本当に会いたい。でも、怖い。
私はあの日、吐き気と戦うほど怖かったが、父ももしかしたら私以上に怖かったんじゃないか。
私以上に、父は自分を責めて、許されるはずがないと、葛藤していたのではないか。
謝れなくて、ふらっと家からいなくなってしまうのも、謝っても許されるはずがないと思っているほど追い詰められていたのではないか。
だとしたら、私に会うのは私以上に怖かったのかもしれない。
両親と離婚した後、父とは10年会えなかった。父は私に会いたくないんだろうと思っていた。でも、もしかしたら怖くて会えなかったのかもしれないとも、思えるようになった。
 
父の気持ちはまだ聞いていない。でも、ちょっとだけ父の気持ちを想像できるようになった。生まれてきてくれたこどものおかげだと思う。
父にとっての孫を見せてあげられた。孫はじいじのお膝でチョコレートケーキを食べる。
「じいじチョコレートケーキ美味しいね~、じいじ好き!」
と、私ができなかった分まで甘えてくれる。
「そうか~じいじも、好きだよ!」
目じりの下がった父なんて、見られてよかった。
私はその幸せな光景を見ながら特別美味しいチョコレートケーキを食べる。
 
そして、私だけだろう、ちょっとしょっぱい。
今なら言える。
「お父さん、大好きだよ。いい娘じゃなかったよね、ごめんね。お父さんのこどもで生まれてきてよかった」
 
 
 
 
***
 
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2021-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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