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おふくろの味は白菜のクリーム煮

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あおい 真雪(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
二十歳で家を出た。
二十歳の誕生日のプレゼントが『一人暮らし』だったからだ。
実家から大学までは1時間。通える距離だったが、バイトだサークルだと帰宅が遅い私を心配した両親が、大学の近くに一人暮らしすることを提案してくれたのだった。
 
当時の我が家の門限は21時で、周りの友人たちに比べてダントツに早かった。
友人の中には門限が0時という子もいて、内心羨ましくて仕方なかった。
門限の時間になると母は、玄関と廊下の段差に腰掛け、土間が定位置である柴犬の遼太郎と共に、私の帰りを待っているのだった。
門限を過ぎて帰宅した際の、心配と怒りが入り混じったような母の顔を見るのが苦手だったし、友人やバイトの仲間と過ごす時間が増えるのが嬉しくて、喜んでそのプレゼントを受け取った。
引っ越しの日、『今までお世話になりました』と嫁に出る時の挨拶を冗談でやってみせたら、父も母も笑ってくれたが、何となく寂しげだったのを覚えている。
 
二十歳で家を出たのを最後に、その後両親と一緒に住むことはなかった。
 
二十年間、私は何不自由なく暮らしてきた。
他の人が聞いたら驚くだろうが、うちはとても過保護で、洗濯をしたことも、お皿を洗ったこともほとんどなかった。
(高校生の時に親に内緒で買った寄せて上げるタイプのブラだけは入浴の際に手洗いしていたが)
洗濯物は、脱衣所に置かれた専用の籠に入れると、翌日にクローゼットの中の定位置に戻ってきた。
『あなたが洗濯方法を間違えて服がダメになるといけないから』
『大事なお皿を割ってしまうと嫌だから』
と母は言っていたが、今思えばそれは本心ではなかったと思う。たぶん、私が自分の時間を100%自分のために使えるように、家事に時間を費やさなくてもいいようにと、母の気遣いだったと思う。当時の私はその言葉を言葉通りの意味でとらえ、『私が家事をすると母に迷惑をかけるから、やってはいけない』と本気で思っていた。
 
母親が家事をしている時に私が近くにいた場合は、その作業のポイントを教えてくれた。
お節料理を作っている時であれば、
『黒豆はね、じっくりゆっくり煮ないとしわが寄るのよ』、
アイロンをかけている時であれば、
『Yシャツにアイロンをかけるときは肩周りや袖口はこうやってかけるといいのよ』と言って見本を見せてくれた。
母がハンバーグのタネを用意し私が成型する、母がコロッケの中身を作り私が衣をつける、という共同作業(楽で楽しい部分だけやらせてもらっているような気もするが)をすることもあった。
中学生の頃、家庭科の調理実習の復習で家族の晩ご飯を作っていて一人で格闘している時、どこからともなく現れてサッと手助けをして去って行くこともあった。
でも、料理の何か一品を母に教わりながら一から作るということはしたことはなかった。
 
高校生のある日の晩ご飯、シチューほどトロミはないが、スープほどさらっとしていない、謎の白い一品が出た。
入っているものは、ベーコン、玉ねぎ、マッシュルーム、白菜。
『これは何?』と私。
『いいから食べてみて』と母。
『!!! おいしい!!!』
『でしょう?』と喜ぶ母。
初めて白菜のクリーム煮が出された時のことだった。
私があまりに褒めたので、この後、我が家の晩ご飯にたびたび登場することとなった。
 
作り方はとても簡単で、材料はどんなスーパーでも手に入るものばかりだった。
材料を薄く切れば火が通りやすくなり、あっという間に完成した。
作り方が簡単で材料がシンプルですぐ完成するのに、堂々とメインを張ることもできる。
 
この料理は、どこで出しても皆が美味しいと言い、喜んで食べてくれた。
大学卒業後に移り住んだニュージーランドでも絶賛された。日本人、ニュージーランド人だけではなく、イタリアやドイツなどのヨーロッパ系、韓国人、マレーシア人にも評判が良かった。
肉じゃが、すき焼き、ハンバーグよりもウケが良かった。
手に入りやすい材料で構成されているので、仕事でスイスに長期滞在した時も作ることができた。知人にふるまったところ、これまた好評であった。
また、この料理は私の歴代の彼氏たちにも評判が良かった。どれだけ多めに作っても全部平らげられてしまうほどだった。私が彼らの胃袋をつかむために十分な活躍をしてくれていたと思う。
 
以前に実家に行った時、白菜のクリーム煮の話をした。
驚いたことに母は全く覚えていなかった。
『そんな料理……作っていたかしらねぇ?』と首をかしげていた。
母がテレビの料理番組からヒントを得て作った『白菜のクリーム煮』は私のおふくろの味となるだけでなく、私と一緒に海を渡り、世界各国の人々から好評価を受けている一品であるにもかかわらずだ。
 
ある日の早朝、携帯電話が鳴った。目は覚めてはいたが、部屋の中が寒く、まだ布団の中でうだうだしている時だった。
電話は母からだった。
持病が急激に悪化しもう長く生きられないと医者から宣告されたとのことだった。
電話を切ってすぐに飛んで行った。電話で母は泣いていたが、会ってみたら元気だった。
いや、元気そうにふるまっていただけなのかもしれない。まだ食事もできるとのことだった。
その日は母を疲れさせないようにと数時間滞在して実家を後にした。
 
母がまだ食事ができるうちに、私のおふくろの味を母に作ってあげようと思う。
そして、この一品が海を渡って活躍した話と今までの感謝を伝えたいと思う。
残された時間は少ないが、まだ伝える時間は残されているのだ。
 
 
 
 
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2021-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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