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道は開ける〜最悪の事態を直視せよ〜


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷河しげお(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「もうダメだ、どうしよう……」
 
約10年前の秋、私は京都の自宅で頭を抱えていた。
修士論文の作成に必要なデータが全く集まっていない。
 
大学院生になって、京都市下の小劇団で演劇活動にどハマりした私は、研究活動をほっぽり出し、自身の公演の準備や、関西一円の劇場での観劇、知り合いの公演の手伝いや俳優養成所での稽古など、起きている時間の大半を演劇に関することに費やしていた。
 
合間を縫って就職活動を終えたまでは良かったが、
その結果、本来の職務である研究活動はからっきしの状態。
ゼミの出席率も悪く、教授を呆れさせていた。
 
私の専攻分野では、研究遂行にあたって農村でのフィールドワークが必須となる。
同級生がほぼ調査を終えた段階になっているにもかかわらず、自分は調査先さえ未定の状態。
 
早く調査をしなくては
でも研究テーマがまとまらない
そもそもどこで調査を行えば良いのか
調査項目はどうしよう。アンケートか、聞き取りか
それで論文を書くに足るデータは得られるのか
ああどうしよう、どうしよう、どうしよう
 
頭の中が堂々巡り。動悸が起こり、体が震える。
卒業できなければ、就職も今後の人生設計もパーだ。焦燥のあまり思考は停止し、眠れない。
深夜の京都を自転車で走り回って、なんとか精神を落ち着かせる日もあった。
 
教授に相談することも頭をよぎった。
だが研究を放っておいて他のことをやっていたのは自分だ。自業自得以外の何者でもない。
「データが集まっていません」「論文が書けません」
そんなことが言えるはずもなかった。
 
 
転機は本屋で訪れる。
とにかく心を落ち着かせるのが第一だと考えた私は、近所の本屋で心理学や自己啓発の本を血眼になって物色していた。
手に取ったのは、赤い表紙が目を引く一冊。
『道は開ける』
著者名にはデール・カーネギーとある。
自己啓発書の元祖にしてベストセラーと書かれたポップに惹かれ、私はそのままレジへ直行した。
藁にもすがる思いだった。
 
 
自宅に戻り、表紙をめくる。
そこには、過去に無数の悩める人々を導いた、数多の教えが提示されていた。
いずれも興味深い内容。しかし残念ながら、今は全てを通読している時間はない。
何か即効性のある項目はないか。目次に目を走らせる。
 
「本書から最大の成果を得るための九ヵ条……今日、一日の区切りで生きよ……悩みを解決するための魔術的公式……!」
 
これだ!
私は該当のページを開く。
そこでは、空調産業を開発した天才技師、ウィリス・H・キャリア氏が編み出した手法として、次の項目を書き出すことが提唱されていた。
 
1、まず状況を大胆率直に分析し、その失敗の結果生じうる最悪の事態を予測すること。
2、生じうる最悪の事態を予測したら、やむを得ない場合にはその結果に従う覚悟をすること。
3、これを転機として、最悪の事態を少しでも好転させるように冷静に自分の時間とエネルギーを集中させること。
 
悩みを解決するための魔術的公式。
キャリア氏自身や、他の体験談を目にして説得力を感じた私は、この方法に賭けてみることにした。
 
秋の夜に、虫の鳴き声が穏やかに響く。
紙とペンを用意し、ゆっくりと深呼吸した私は、静かに自分への問いかけを開始した。
 
1、起こりうる最悪の事態とは何か
大学院を留年すること。
就職はパーになり、東京で夜間や週末に演劇に触れるという夢も叶わなくなる。
同級生や先輩後輩、親や親戚からも冷たい視線を浴びるだろう。
 
動揺する心を抑えながら、淡々とペンを走らせる。次だ。
 
2、最悪の事態を受け入れる覚悟をする
就職先がなくなり、周囲から冷たい視線を浴びる自分を想像する。
希望の光が消えたかのような恐怖に、心が冷える。
だが……死ぬわけではない。
就職先は、また次の一年で探せばいい。
親は呆れるだろうが、縁を切られることまではないだろう。
もう一年をかければ、論文を書き上げることはできるだろうし……。
 
不思議なことに、恐ろしくて目をそらしていた事実を真正面から直視すると、少しずつ、少しずつ、心が平静を取り戻していくのを感じた。
恐怖という塊が体温で溶け出して、体全体に馴染んでいくような感覚。
カーネギーが「厚い暗雲の中から引き降して豊かで固い大地を踏みしめられるようにしてくれる」と著述している通り、私は何日ぶりかで、落ち着いた時間を取り戻すことができた。
 
よし、最後だ。
 
3、最悪の事態を好転させる努力をする
留年や冷たい反応への気構えが整った私は、現状の打開策を探ることとした。
とはいえ、自分一人で次の行動を切り開く術はない。
 
ここでふと、研究室の准教授の姿が思い浮かんだ。
歯に衣着せぬ物言いで敵も多いが、ズバッと明確な意見で議論を先導する雄弁家。
海外が主フィールドである教授に対し、身近な日本の農家が研究対象であるため、有益なアドバイスをくれるかもしれない。
 
研究活動をサボっていたことを詰られるかもしれない、いやきっと罵倒されるだろうが、すでに留年して過ごす覚悟もできている。
恥を忍び、情けない全てを開示するつもりで、私はその准教授を頼ることにした。
 
 
翌日、私から研究の惨状を告げられた准教授は、だがしかし、怒るでも詰るでもなく、「アホ」と一言告げると、あっけらかんと笑い出した。
彼曰く、毎年一人は同じような学生がいるそうで、こういった相談も茶飯事なのだそう。
私が心底安堵したのは言うまでもない。
 
その後、私の研究上の興味関心を聞き出した准教授は、自身が関心を寄せているテーマの中から私の関心と重なるものをピックアップし、複数の方向性を提示してくれた。
また、話し合いの中で、調査対象とする候補地の絞り出しや、「こういった形態で話を聞いてはどうか」といった手法のアドバイスをしてくれた。
 
こうして准教授の協力を得た私は、なんとか無事に調査を完了させ、その内容を論文に落とし込み、修士課程を修了することができた。
お世辞にも出来が良いとは言えない論文だったが、その内容は、その後准教授が行った別の調査内容も追記した上で、共著として専門誌に掲載されるに至った。
 
 
あの時、カーネギーの教えに出会い、キャリアの公式を実践していなければ、私は今頃どうなっていたかわからない。
悩みの最中、最悪の事態をあえて直視したことで、私の心は平静を取り戻し、適切な一歩を踏み出すことができた。
この方法は、その後の人生でも、不安や困難に直面した私をいつも次のステージへ導いてくれている。
 
最悪の事態を直視せよ、さすれば道は開かれる。
 
今後も人生の指針として、大切にしていきたい金言だ。
 
 
 
 
***

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2021-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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