メディアグランプリ

「祖母とバラ」


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記事:宮崎じゅん(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
近隣には小さなバラ園がある。
この時期はちょうど薔薇の花が咲く季節で、満開のころには甘い香りが濃厚に感じられ空気さえ重くなるような気さえする。
 
私にはバラの咲くころになると思い出すことがある。
家を空けがちな仕事についていた両親にかわり、私は母方の祖母に育てられた。
そのころ住んでいた家は古い平屋の家で、小さな庭があり、祖母はその小さな庭に植えたおそらく3・4本のバラをとても大切にしていた。
ことあるごとに「バラを育てるのは手がかかる」と言いながら手入れをしていた。
実際幼かった私の記憶にも、バラの手入れは大変そうに見えた。
花柄を摘んだり、枝の選定をしたり、肥料をやったり。
虫がつけば薬をまき、強く吹く風に負けないように家の塀に固定したり。
祖母は一年中バラのために細々しく世話していたように思う。
私はそんな祖母の横にいてはバラのとげを鼻の頭に貼り付けて遊んでいたことを覚えている。
 
残念なことにその家からは数年で引っ越しをしてしまった。
引っ越しの日の前日、庭のバラの前で長らくしゃがんでいた祖母の後姿を覚えている。
次に住んでいた家は庭の広さこそ少しばかり広くなったものの、近隣と密接し日当たりが悪くバラを育てるには適さない環境だった。
相変わらず両親は家を空けがち。
成長した私は自分の世界と向き合うことに手いっぱい。
日々バラの世話に時間を費やしていた祖母が手持ち無沙汰になってしまったこと
独りぼっちになってしまったことに気がつかないでいた。
 
数年がたち、私は大学生になっていた車の免許を取ったある日、祖母をドライブに誘った。
ちょうど5月、車であればさほど遠くないところにバラ園ができたと聞いたからだ。
 
バラ園は見頃だった。
以前住んでいた家で祖母が育てていたバラに比べ、花の種類はぐっと増え、大きさも色も香りさえも異なるような様々な種類のバラが、まさに咲き乱れていた。
祖母はバラを眺めながら、ゆっくりゆっくりと歩いていた。
その姿はとても小さく弱々しく感じた。
よく小説などで「急に親が年を取って見えた……」というような表現があるが、まさにそんな感じだった。 「もう少し祖母のことを気にかけなきゃな」そんなことをぼんやり思いながら祖母の横を歩いた。
 
バラ園には中ほどまで進むと洒落た西洋館風の建物には庭に面したテラスがあり、イギリス式のティータイムを過ごすことができた。5月とはいえ、日差しの強い日だった。祖母が疲れてしまわないよう休息をとることにした。
 
 
「覚えてる?」
席に着き、注文した紅茶を一口飲んだ後、祖母は唐突に言った。
あまりにも唐突な質問に戸惑いながらも、おそらくあの古い家の小さな庭の祖母のバラのことだろうと思った私は答えた。
「バラ?」
今度は祖母が驚いたような顔をした。
「えっ、ほら前に家の時、バラを大切に育てたよね?」
「あぁ……。そっちなのね」
祖母はそう言ったきり口をつぐんでしまった。
 
『なんだろう?何のことだろう?』私の頭は疑問符がひしめいた。
 
しばらくたってから祖母はようやく口を開いた。
「さっき、猫が通り過ぎるの見えた?」
ちょうど私たちがテラスの席に着いたとき、どこからかやってきた猫が目の前を駆け抜けていったのだ。
 
「ホジにそっくりだった。」祖母は言った。
「ホジ?」初めて聞く名前だった。
「ほんとに覚えてないのね。まぁ、小さかったからね」
 
「ホジ」とは前の家に住んでいた時、我が家によく遊びに来ていた猫の名前だと祖母は言った。
もともと裏の家で飼われていた猫だった。
が、ある日裏の家の人々は「ホジ」を置き去りにして引っ越してしまったのだという。
小さな子ども(私のこと)にも我慢強く遊び相手をしてくれた賢い猫だったと。
哀れに思った祖母はホジを引き取ることにしたのだが、当時住んでいたあの家は借家で堂々と猫を飼うことができなかったと、そんなことをぽつぽつと話し始めた。
「全然覚えてないや」私は言った。
「仕方ないね。ほんとに小さかったから」
どうやらまだ、私が1歳くらいのことらしい。
「ホジはどうなったの?」
なんとなく祖母から返ってくる答えを想像しながら尋ねた。
もし、私の想像が間違っていたなら私の記憶に「ホジ」は残っていたはずだから。
「ホジはね。裏の家が越して、うちに来て半年くらいの時に車にひかれて亡くなったの」
「当時にしてはほんとに珍しいことなんだけど、ホジはお骨になって戻ってきてあの家の庭に眠ることになったの。」
「私はね、ホジの眠っているうえにバラの花を植えたんだよ」
「ホジは賢かったのに、家族に捨てられたかわいそうなの子だったから。さみしくないようにね。」
祖母は、確かにバラの花を大切に育てていたけれど、それは亡くなった「ホジ」のためだった。
 
「おばあちゃんはバラが好きなのだと思ってた」そうつぶやく私に祖母は
「バラはね、手がかかるから好きじゃないよ」と答えた。
 
私のバラの思い出は小説のようにきれいな思い出で終わることはなかった。どちらかといえば肩透かしな感じ。それでも、この季節になると祖母の横顔とともに思い出すのだ。
 
 
 
 
***

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2021-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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