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ここは日本一の珈琲店


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石橋はるか(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「病院の近くに、おいしい珈琲店があるんだってさ」と夫が言った。
「待合で誰かが話していた。日本一のモーニングだって」
ここは地方の一都市だ。モーニングや喫茶店文化のある街ではない。夫の通う病院は都市部にあるとはいえ、そんなところに日本一があるとは思えなかった。
「店名は、確か、そう、こんな名前だった」
ほら、とスマホを渡してくる。口コミサイトが開かれている。『珈琲店』と古めかしい文字の入った店名と、こぢんまりとした門構えの写真だ。口コミ評価は他と比べ圧倒的で、日本一はひいき目としても、評判が良いことは間違いない。
「一度行けたらいいね」夫が笑顔でいう。子供がいない私たちは、よく二人ででかける。
 
とはいえ、それは簡単ではなかった。
土日祝日は完全に休みなのだ。私も夫も仕事をしているから、平日休みをとらなくてはいけない。おまけに、家からはちょっと遠い。わざわざ足を運ぼうという気持ちにもなれない距離だった。
 
機会は忘れかけたころにやってきた。夫が入院したのだ。手続きを終えて病院を出たのは14時、このまま帰るのももったいない。
そうだ、あの珈琲店に行ってみようかな。
一人で行くのは申し訳ない気もしたが、せっかくの機会なのだ。調べると病院からは15分くらいの距離で、暑い中歩くには少し遠く感じたが、幸い道に迷うこともなくたどり着いた。
 
「いらっしゃいませ」
ベルの音とともにコーヒーの香りが漂ってきた。小さい店内は満席で、運よく空いていたカウンター端の一席に案内された。
「当店は初めてでしょうか」白シャツに黒ベスト、給仕という呼び名がよく似合う店員がメニューを持ってくる。そうです、と伝えると店員はさらに聞いてきた。
「ひざ掛け、おもちしましょうか?」
この暑いのに? とも思ったが、お借りしておいた。注文すると、少したって銅製の器に入ったアイスコーヒーが現れた。
私は季節を問わずアイスコーヒーを注文する。それもブラックで。残ってしまうミルクとシロップを見ると申し訳ない気持ちになるが、味を消してしまうように思うのだ。
一口ふくむと、苦みと香りが鼻に抜けた。濃い味だ。苦みの後には、控えめな酸味が口に残る。最高、日本一といわれるだけある。
余韻を味わっていると、徐々に冷えてきた。汗だくで入ったのだから仕方がない。最初にお借りしたひざ掛けをありがたく使うことにした
 
次の機会は意外にも早く巡ってきた。夫の退院日だった。夫を迎えに行き、病院を出るとまだ9時を回ったところだった。
「珈琲店、行ってみようよ」と夫が誘う。「せっかくだから」
入院食から解放された夫の誘いを断れるわけもなく、2回目の訪問となった。
 
「モーニングでいいかな?」夫はメニューも見ないで決める。
うなずくと、店員が「かしこまりました」と言い、続けた。
「お客様はホットのミルク多め、お連れ様はアイス、ミルクシロップなしでよろしいですか」
あら? と夫を見た。夫もこちらを見ている。
「失礼しました、変更はございますか?」沈黙を気にしてか店員が声をかける。
いいえ、そちらで、と夫が伝えると、店員は会釈をしてメニューを下げた。
 
「あなた、来たことあるの?」
「君こそ」
「ええ、あなたの入院のときに」
「僕は通院の時に」
「でも、モーニングは初めてだ」「だけど、モーニングは初めてなの」
言葉が重なってしまい、顔を見合わせて笑った。
 
飲み物が運ばれてきた。夫にはコーヒーと、少し大きめのミルクピッチャー。私にはアイスコーヒー。ため息がでる。1回きただけなのに私の好みを把握している。
「僕は3か月に一度だけど、2回目から覚えていてくれたよ」夫は常連のように自慢げに言う。
「いつも読んでいる雑誌を持ってきてくれるんだけど、今日はまだだね。他の人が読んでいるのかな」
今日は二人だからじゃないかしら。そんな気がした。
そういえば、案内されたときから、席にひざ掛けが置いてあった。
 
運ばれてきたモーニングは、まずそのボリュームに驚いた。厚切りの食パンを三等分して、一切れごとにジャムとバターが塗ってある。山盛りの野菜サラダと、隣にゆで卵が添えられている。
「食べきれるかなあ」嬉しそうにはしを手に取る。
「退院したばかりで大丈夫?」
「それが、食欲は十分すぎて。医者も看護師さんも驚いていたよ」
夫は笑い、その大きな口に勢いよくサラダをかきこんだ。サラダの山は見る見るうちに減っていく。
私は食パンに手を伸ばした。サクッとした歯触りに、もちもちとした食感の生地、バターの香りが鼻に抜ける。ジャムの方はというと、つぶつぶと果肉が残り、生地と合わさって適度な歯ごたえを感じる。それも、自然な果物の甘味だ。食パンで乾いた口に、あのアイスコーヒーを口に含むと、ため息が出るほど、おいしい。
夫がサラダを半分ほど食べ終わったころ、店員が声をかけてきた。
「ドレッシングのおかわりはいかがでしょうか」
野菜だけになってしまったサラダの山にドレッシングがかけられると、夫がまた笑顔になった。
味もさることながら、このおもてなしは確かに日本一かもしれない。
「また、来ようね」どちらともなく言った。
 
その約束は果たされなかった。夫は一人で通っていたのかもしれないが、いつまで余裕があったのかはわからない。治療を続けると食欲は落ちていった。味覚が変わり食べられないものが増えた。家の食事も入らなくなった。近くの医院で点滴をしてもらったこともある。だんだんと痩せ細り、命の火が消えてしまうまでに2年もかからなかった。
 
ある日、もう一度珈琲店へ行きたいと思った。
思い出の場所だとか、区切りにしようとか、そんなことは考えていなかった。
 
「いらっしゃいませ。ひざ掛けはいかがされますか?」
知らない店員だった。もう2年もたっているのだから仕方がない。ひざ掛けを断り席に着いた。店員がメニューを持ってきたが、目を通すことなくモーニングをお願いした。
店内は変わっていなかった。店がなくなっていることも心配していたが、変わらない店内を見ると時が戻ったようで安心する。店内を見まわしていると、カウンターにいる店員と目が合った。
見覚えのある店員だった。会釈をしてくる。声をかけてくることはない。ただ、いらっしゃいませ、今日もいつものでよろしいですか、と視線が問いかけてくる。
「モーニングですね。アイスコーヒー、ミルクシロップなしでよろしいでしょうか」
注文を取りに来た店員が言う。
覚えていたのだ。
そして、私の好みを店員へ伝えていたのだ。
「今日は、ホットコーヒーを」少し震えながら伝えた。
「かしこまりました」
夫がどのくらいこの珈琲店に通ったのかはわからない。ただ、きっと間違えるはずがないという確信があった。
ここは日本一の、おもてなしをしてくれるのだから。
 
「お飲み物をお持ちしました」
私の目の前に置かれた、ホットコーヒー、ミルク多め。ミルクピッチャーはもちろん、少し大きめ。
 
 
 
 
***

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2021-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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