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「非」優先席のすすめ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あさひ(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
路線バスに乗る時のことを思い出してほしい。平日の通勤でも、休日に出かけるときでもいい。もしくは、始発の停留所から乗る時でもいい。ラッシュ時ではなく乗客が少ないことが条件である。
座席はそれなりに空いていて、自由に選べる。さて今日は、あなたはどこへ座るだろうか。
 
私の定位置は決まっている。まずは後方へ進む。奥に向かって左側、つまり歩道側に席をとる。後輪によって一段高くなっている席である。座面が高い分、荷物が多いときは少し大変である。
 
この話をすると意見はさまざまだ。
定位置など考えたこともないという人。これが一番多い。
後輪の真上は車酔いするからいやだという人。その通りだと思う。
降りやすいから前の方がよいという人。これももっともな意見である。
 
しかし、私は定位置を替える気持ちはない。他の座席がどれだけ空いていても、まっすぐに後方を目指す。
そのきっかけは、些細な出来事だった。
 
ある休日の朝のことだった。バス停で、私の他に、高齢の夫婦と思われる二人がバスを待っていた。男性の方は杖をついて、足元がおぼつかない様子である。やってきたのはノンステップバスだったが、乗り込むにも少し時間がかかった。
バスはがらがらだった。
夫婦は入り口から一番近い席へ座った。ドア向かいの一人かけの席で、優先席の表示がある。
バス前方の歩道側には、二人掛けの席が2列並んでいる。一列目には幼児を連れた母親が座っていた。私は空いている二列目に座ることにした。
 
次にバスが停まったとき、なかなか乗客が乗り込んでこなかった。運転手は板のようなものを手に外に出た。外を見ると、バスの入口に板を立てかけ、乗車の手伝いをしているようだ。
乗客は、若く見える女性だった。彼女が乗り込むと、運転手は、先客の夫婦に優先席を譲るように指示した。
次の乗客は、車いすに座っていたのだ。
夫婦が立ち上がって移動するまでにすこし時間がかかった。運転手はもくもくと座席を跳ね上げ、固定用ベルトを用意した。
優先席の空いたスペースに車いすを固定するのに、少し時間がかかった。
席を譲った夫婦は、仕方ないといった様子でドア近くの手すりにつかまった。
 
「発車します。危険ですから、お近くの座席へお座りください。
お立ちのお客様は、手すりや吊革におつかまり下さい」
無機質なアナウンスとともに、バスが走り出した。
バスのスピードは心なしか急ぎ足だ。スピードに合わせて夫婦の体ががくんとゆれる。男性は手すりと杖でかろうじてバランスをとっている。今にも転びそうで心配になる。
 
バスには空席がまだまだある。
しかし夫婦は、座る場所がないといった様子で手すりにつかまっていた。
 
どうして夫婦は座らないのだろうか。
理由は考えるまでもなかった。足が悪い夫婦は、後方の座席には座れないのだ。後方へ座るためには、段差を超える必要がある。
一つ言えるとすれば、いま私が座っている席、前方2列目は、足の悪い夫婦でも楽に座れる席だ、ということだった。
 
席をゆずろう。そう決心した。しかし、それはそう簡単なことではなかった。
夫婦の立つ場所までは、少し距離がある。声をかけるにはすこし遠い。
さらに、『走行中の移動はご遠慮ください』と大きく書かれている。席を譲るにしても、走る車内で夫婦が座席まで移動すること危険なのだ。
 
バスが信号停止する。今だろうか、と迷いがでる。しかし夫婦に声をかけることはできなかった。再び発進すると、男性の体は支えを失った木のようにゆらゆらとゆれた。
 
申し訳なさでいっぱいだった。
気づけるところはいくらでもあった。
最初に夫婦が優先席を立った時、いち早く席を譲ればよかったのだ。
そもそも最初から、後ろの席に座っていればよかったのだ。
私にとっては空席だらけのバスでも、人によって見方は違う。
どうしてそのことに、これまで気づかなかったのだろう。
 
次にバスが停まったら、席を譲ろう。そう思いながら時間がたつのを待った。もう夫婦の様子を見ることもできなかった。
しかし、この状況はすぐに決着がつくことになった。
 
『次、停まります』
人工的なアナウンスが停車を告げる。
停車ボタンを押したのは車いすの女性だった。
停留所はたった4つ。5分にも満たない時間での出来事だった。
 
運転手は来た時と同じように板を準備し、女性の降車を介助した。
跳ね上げ式の座席を元に戻し、そこに夫婦が腰かけた。
バスは何事もなかったかのように走り出した。
 
このささいなことがきっかけで、私は後方の座席を選ぶようになった。それも、乗り心地の悪い後輪の真上だ。
今日も私はバスに乗る。
どんなに荷物が多くても、片足を高く挙げ、一段と高い座席に座る。
ここはいわば、「非」優先席である。ここに座れる間は、私は喜んで座ろうと思う。
 
 
 
 
***

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2021-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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