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メディアグランプリ

旅と海

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷 天仁(ライティング集中コース)
 
 
旅が好きで旅先で見る海がさらに好きだ。
 
とくに開かれた明るい海に惹かれる。旅先で歩いていて眺める海と空、人と建物、日常の中にいつか耳にした歴史の話、神話の欠片を感じたりできる、そんな場所があったら最高だ。
 
旅は自身の見聞を広める「未知との遭遇」だし、海を見ることは一種の「時間旅行」だと思う。海の向こうを眺めていながら昔のことを思い出したり、未来の出来事を思い起こしたりもする。
 
紀州の語り部といわれた中上健二のエッセイでも太平洋を見て育った人間と日本海をみて育った人間とは気質が違うという下りがあった。故郷紀州の海を見ながら「海の向こう側にアメリカがある」と彼は思い、土着的なラテンアメリカ文学を想起させるよりプリミティブな世界にイマジネーションの根を下ろしていった。
 
学部が文学部歴史学科というということもあり、20代は旅行に明け暮れた。
カラマーゾフの兄弟を読むためモスクワに行き、深夜特急をギリシアのサントリーニ島で読み終え、地の果てを見ようとイギリスのランズエンドの岬に立った。
 
旅先でのトラブルには事欠かない。タイのプーケットでは追い剥ぎに、ギリシアのピレウスではぼったりに、マレーシアのペナン島では同性愛者に襲われそうになった。
トラブルに巻き込まれながらも運よく難を逃れていたのだが、大学卒業前にいったメキシコシティでは赤痢にかかりついに入院してしまった。
 
そもそも何でメキシコに行こうと思ったのか。
「シャーシャンクの空に」という映画に出ていたシワタネホという町の海がなんとしても見たかったからである。シワタネホは映画で脱獄囚のレッドとアンディが安息の地として落ち合うことを誓う海沿いの町である。希望を捨てなかったふたりが再会するラストシーンが感動的で何度も観返した。シワタネホの海が涙が出るほど美しいのだ。
いつかここにいってみたい。そう思うようになった(ちなみにこの映画の原作はスティーブン・キングの「刑務所のリタヘイワース」という小説である)。
 
メキシコシティは大学の卒業論文で取り上げる都市でもあるのでちょうどよかった。
だがいったのはいいが着いて早々に灼熱の太陽と乾いた空気にやられてしまい僕は倒れてしまった。いくつかの病院をたらいまわしにされた挙句、最後に受け入れてくれたのはメキシコシティのはずれにある廃墟のような病院だった。
 
経験したものでないとわからないが赤痢は本当につらい。
突発的に襲ってくるけいれんするような痛みに悩まされ昼夜のたうち回った。薬を飲んでも、水を飲んでも全く効かずどんどん体重が減ってゆく。体が何も受け付けないし、溜め込んでしまった毒をださなければとでもいうかのように嘔吐と下痢が同時にやってくるのだ。
それでも瘦せこけた体でベッドに横たわりながら、
「こんなとこで死んでたまるか。俺はシワタネホの海を見るんだ」そういい聞かせていた。
だが一週間経っても二週間経っても体は回復しなかった。
真っ暗な病室で寝ているとある時クリスマスキャロルが聞こえてきた。あの時はさすがに遂にお迎えが来たかもしれない、そう思ったがその日を境に体は回復していった。
 
頭を触ると頭がい骨の形がよくわかるくらいに痩せた頃、僕は退院することができた。
退院した僕はぼろぼろの服でバスを乗り継いでメキシコシティからシワタネホに向かった。現地に着いたのは陽が落ちてからだった。明日はやっとあの海が見れる。こみあげてくるような喜びに小説のラストシーンを思い出した。
 
小説のラストシーンは映画とは少し違う。脱獄して船に乗ったレッドは船倉で眠りながら翌朝目が覚めて着くシワタネホの海を思うのだ。
 
もちろん、あの町の名前は覚えている。シワタネホ。そんな美しい名前は忘れようたって忘れられるものじゃない。(省略)
どうかアンディーがあそこにいますように。
どうかうまく国境を越えられますように。
どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。
どうか太平洋が夢の中とおなじような濃いブルーでありますように。
それがおれの希望だ。
 
小説の終わりはドラマチックだった。だが僕が見たシワタネホの海は濁っていて空も曇っていた。僕はアンディとレッドが出会ったかもしれない海辺に腰掛け、コロナビールを飲んだ。濁った海を見ながらはじめて日本にいる両親や友人のことを考えた。
 
会社人の今となってはそのような旅にゆくことは叶わぬ夢となった。
それでもたまの休日、血が騒ぎ、小旅行にでかけることがある。そのようなショートトリップでも毎回発見がある。旅が自身の見聞を広める「未知との遭遇」だとすると距離や行程の長短よりも受け皿であるこちらの意識に負うところが大きいように思う。
 
関東近郊では南房総の千倉や鎌倉といった街が気に入って年に何度か訪ねる。
千倉は小宇宙とでもいうべき完結された世界があり、1000年前から行われているお祭りや寒い時期に畑を埋め尽くす色鮮やかな路地花、そこから見える明るい千倉の海に癒される。
 
鎌倉の長谷寺は花の御寺といわれるだけあっていついっても季節の花が咲いている。緑深い観音山の裾野から中腹に広がる境内の先に見晴らし台があり、そこから見える海は格別だ。
 
海の向こうを眺めながら頭の中で古代と現代をシンクロさせてみる。
僕が海を好きなのはまだ知らない世界がその向こうに広がっているからだと思う。
 
 
 
 
***

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2021-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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