メディアグランプリ

LGBTQ 端境期に落ちた涙


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:清水 千尋(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
近年、マイノリティの権利を求めて声をあげる、自分が当事者であると公言する。そんな人が増えてきたのだ。自分も、変われる。息をひそめていたこれまでの生き方を変えよう。時代の変化を喜び、勇気をもらった人もいるだろう。
悩みやコンプレックスが変わる、または変える勇気をもらえた。誰だってこんな嬉しいことはない。
 
ところが一方でその変化に苦しむ人もいた。
 
LGBTQという言葉がある。セクシュアルマイノリティの人々のことだ。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致していない)。そして、自分の性がよくわからないクエスチョニングの頭文字Q。
 
セクシャルマイノリティ当事者にも声をあげ、自分らしくあろうとする人々が現れた。これまで存在しないことにされてきた人々にとって希望ともなる、明るい兆しではある。
しかし一部の人々は、その明るい兆しがまぶしすぎて余計に苦しむことになった。彼らは時代に合わせ変わっていく人たちを見ながら、自分は変われない現実を無理矢理飲み込んで生きている。
 
「私だってどんだけ言おうと思ったことか。でも私にはムリ」
知人のAさん(五十代)が言う。
 
一昔前なら、セクシャルマイノリティ的な在り方は絶対のタブー。バレたら友人知人は遠ざかり、親には泣かれる。精神的な病として病院に連れていかれるなんてこともあったほどだ。そんな時代に自分の性的嗜好が“ふつう”と違う、自分の性に違和感があると気づいても、口が裂けても言えなかった。バレることの恐怖と隣り合わせで生きてきた。
ところが数十年たつと、セクシャルマイノリティを表す言葉ができ、多くの当事者たちが存在をアピールするパレードが行われ、同性カップルの挙式の様子がテレビで流れる。同性同士の結婚を、異性間の結婚と同等とみなすよう求める裁判があちこちで始まっている。
そうした光景は、時代の変遷を見てきた当事者の一部の人にはまぶしすぎるのだ。
 
Aさんもその一人だ。
とあるファミレス。秋の夜。人恋しくなるのか、恋人ができたことがない彼女はこの時期、自分が同性愛者であることをしきりに意識するという。
 
「男尊女卑はヤバいってことになったから、わりとちゃんとしようよって雰囲気にはなってきたよね。まあなんかしぶしぶ感はあるけど」
Aさんは笑う。
「私らみたいなのがさ、いじめられんくなるのは何年先やろうか」
「裁判とか起きてるの、大都市だですよね。まず都会が変わって、この田舎は、プラス十年ですかね」
 
彼女と会う数日前。駅の改札。同性カップルらしい雰囲気の女の子のキスシーンに遭遇した。私は周辺の反応を観察した。見ていないが8割、見てるだけで表情に変化なしが2割弱。ひと組の中年の男女のカップルが、
「あれ、レズじゃね? キモ!」
「マジかよ、気色わりい」
きっと同性カップルの子たちにも聞こえたのだ。さっと離れた。
なにをどう思おうが個人の自由だ。差別発言も言論の自由だというならこちらは止めようがない。だが、本人たちに聞こえるように言う意味はなんだったのだろう。
 
自治体が作成した性的マイノリティへの理解を促進する冊子の話をしてみた。
「あれね、知ってるよ。マンガで読みやすい。若い子たちの考えが柔軟になっていけばいいと思う」
「若い子といえば、もう大学生くらいまでの若い子たちが、だいぶ変わってきてるみたいですよ。この前イベントで四年生の女の子と話をしてたら、その子の彼女さんと、彼氏さんの写真を見せてくれました」
「それバイってこと」
「はい。女の子がふつうに彼氏の話するみたいに、ぜんぜんためらいがないんです。ちなみに彼女さんの方が本命だそうで。同級生たちもみんな知ってるけど、それがどうかした? みたいな雰囲気らしいです」
 
Aさんは間を置いて、
「うらやましい。もっと遅く生まれてりゃよかった」
とつぶやく。下唇が震えるのは泣くのを堪えているときだ。お酒が入って涙もろくっているのだ。
「ああ、でもどうやろう。やっぱ怖いのは一緒かも。上の世代とか生理的に受けつけんって人。若い子たちが変わっても、嫌悪感丸出しで言ってくる人はおるけんな」
私は時代が変わりはじめたことのいい例だと思って話したが、励ましにはならなかった。
 
差別してきがちな世代と、あまり気にしない世代。彼女はその間の世代。時代の変化の端境期で恐怖と希望の両方を見ている。タブー一辺倒なら黙っていることだけに耐えればよかったのに、なまじ希望を見せられるから余計に苦しいのだ。
時代がいい方に変わるのはいいことだ。そのとき人知れず価値観の変化の中で苦しむ人がいることをAさんは教えてくれた。
 
「あんたにこうしてグチ聞いてもらえるだけラッキーだと思ってる。でも他の誰にも内緒。秘密は墓まで持っていく。言ったら絶対後悔する」
地方都市に住み、もう中年と言っても差し支えない年齢。彼女はパートナーに巡りあうことも、本当の自分を知ってもらうこともあきらめている。親には友だち以上の関係性が面倒だから結婚はしないと言っているらしい。
 
「自分らしくとか言ってるのなんかほっとけばいいし、カミングアウト(自身の性的嗜好や性認識を公表すること)してもいいんだよって、あの感じにも無理に乗っかる必要ないと思います」
人の認識や“当たり前”はそう簡単には変わらない。許容する人、しない人の割合が押し合いへし合いする時間が必要だ。生理的な感覚に関わる分、きっと男女同権の問題よりも長い時間がかかるだろう。
「うん」
ついに一粒涙が落ちた。
「けどさ、矛盾してるのもわかってるんやけどさ、やっぱ言いたいんよ。これが私なんよって。でさ、彼女募集中ですってこの辺にテロップ出したいわけよ」
Aさんは目を潤ませたまま、冗談を言った。
 
人の性は男と女で分け切れるものではない。好きになる対象だってそうだ。男性かもしれない、女性かもしれない。性自認や性的嗜好は白と黒じゃない。白から黒への長大なグレーのグラデーション。私たち全人類はそれぞれそのどこかに立っている。その立ち位置はいつでも変わりうる。いつ誰を好きになるかわからない。男だと思っていたけど、女だと思っていたけど、なんかちょっと違うかもとふいに気づいてしまうかもしれない。
それがいわゆる“ふつう”とは違ったら? 差別すべき、差別してもいいということにしていたら、そのとき、自分が苦しむことになる。
 
社会に理解と寛容が増えますように。
Aさんのような人たちが自信を持って、自分のことを話せる日が来たとしたら、それはこの日本社会が一層成熟した証になるのだと思う。
 
 
 
 
***

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2021-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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