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インドア派の私が登山を始めた理由


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光賀祥恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は超絶インドア派だ。休みの日は用が無ければ外へ行きたくないし、布団にくるまってゴロゴロしながらYouTubeを見るのが大好きだ。昨今のステイホームは全く苦にならず、テレワーク万歳の日々。そんな自分が、あろうことかアウトドアの代表格でもある登山に興味を持ってしまった。
 
最初のきっかけは漫画だった。『神々の山嶺』という大変硬派な登山漫画が、AmazonのPrime会員向け無料コーナーにあったので、何気なくクリックしてみた。読んでみておののいた。なんという迫力。ページをめくる指が止まらなかった。無料だから読んでいたのに、結局有料で全5巻を購入してしまった。
 
エベレスト登山の謎をめぐるミステリー漫画なのだが、登山シーンの凄みがものすごい。圧巻は最終巻だ。舞台は雪と氷に包まれる12月のエベレスト。気温はマイナス40度。標高が1,000m上がるごとに、酸素濃度は約10%減っていく。エベレストの標高は8,848mだ。酸素濃度が30%程度になる標高8,000m以上はデスゾーンと呼ばれ、長居してはいけない。そのデスゾーンで、主人公が生と死の狭間で見出した「俺は生きるんだ」という強い想いが、ずっしりとした重みをもって読者に投げかけられる。
 
これをきっかけに登山漫画を読み漁ることになった。山岳救助隊を主人公にした『岳』。これは映画化もされた作品なので知っている人も多いだろう。美しい絵で深い心象表現を描いた『孤高の人』。女性がおひとり様登山で美味しい山ごはんを作る『山と食欲と私』。大学の新人登山部員の成長が眩しい『山を渡る』。どれを読んでも面白くて仕方なかった。そして思った。山に、登ってみたい。
 
そう思った自分が一番びっくりした。いやいや、キャンプやバーベキューすら苦手というのに、山に登ってみたい、だと……? ドラマや漫画に割と影響されやすいとはいえ、ここまで意識が変わるものだろうか。心境の変化に戸惑いつつも、登山への興味はどんどん膨らんでいく。どの山なら登れるだろうか。超が付く初心者だ。無茶はいけない。道具は? 街を歩くスニーカーとDパックと呼ばれるカジュアルなリュックサックしかない。こんな装備で登ったら簡単に死んでしまうかもしれない。そんな危険な山に登っちゃいけないが。
 
早速夫に相談してみた。すると、「一体どうしたの? 何があったの……?」と、想定内の反応が返ってくる。私のスーパーインドアっぷりは、彼が一番よく知っている。経緯を説明するとケラケラ笑いながらも、「いいじゃん、一緒に行こうよ。山!」と言ってくれた。嬉しかった。漫画の主人公たちが限界ギリギリのところまで挑んだように、自分自身もささやかながら挑戦できるのか思うと、指先までじんわり力が漲ってきた。
 
まずは情報収集で、初心者向けの登山ガイドブックを何冊か買った。読んでみると、初心者には標高1,000m以下で登山道が整備されている、低山と呼ばれる山がおすすめらしい。登る季節はもちろん雪のない時期だ。
 
道具は圧倒的に足りていなかった。最低限、登山靴と山用のリュックサックであるザック、そしてレインウェアが必要だ。安全確保のため、頭に巻き付けるヘッドランプもほしい。よく工事現場でヘルメットに付いているランプのもっと小さなものだ。何かしら理由があって下山が遅れ、日が落ちてしまうと山は真っ暗になる。そんなとき、ヘッドランプがあると両手が空く状態で行き先を照らせるのだ。さて、これらをどこで買おうか。
 
ガイドブックに掲載されていた店の中で「ここ!」というところを選んで行ってみることにした。銀座に店舗があり、何度も店の前を通っているところだった。興味を持たないと覗かないものだな、と思いながら扉をくぐる。明るい感じの綺麗な店だ。道具について尋ねてみると、親切な店員さんが一つ一つ丁寧に教えてくれた。店に入って約4時間、夫婦二人分の必要なものは全て買い揃えられた。
 
「どこの山に登ろうか?」と夫に聞いてみると、筑波山はどうかと言われた。私は「うへえ」と思った。なぜなら、実は一度登っているのだ。結婚してすぐ、ドライブデートで筑波山まで行き、ケーブルカーで山頂を往復するはずだった。しかし、ノリと勢いで登ってみようとなったのだ。なにせ小さな子供連れの家族も多かったし、近くの子供たちは遠足で来るらしい。しかし、運動不足の大人が街歩きのスニーカーで登るには厳しすぎた。序盤の急な上り道でギブアップしそうになった。
 
のらりくらり励まされ、結局山頂まで辿り着くも疲れてヘロヘロ。足元が滑って怖い思いをしたし、服が汚れないよう登るのに神経を使った。頂上も曇っていて視界はゼロ。疲れ切ってケーブルカーで下山した。まったくいい思い出が無い。しかし、リベンジをするのはありだ。一度登っているからルートは覚えているし、今回は道具をちゃんと揃えた。ぜひとも良い思い出に上書きしたい。
 
コロナ禍が落ち着きを見せた秋晴れの日、登山に向かった。車で筑波山のつつじヶ丘駅まで行き、登山口から「おたつ岩コース」という大きな岩が出現する、初心者向けコースで山頂を目指す。見覚えのある登山道を、一歩ずつ踏みしめて登っていく。心が折れそうになった急な上り坂、小ぶりの岩が埋まっているでこぼこの道、滑りやすい岩場。うん、覚えている。でも、前回とは全然違う。くるぶしまで覆うハイカットの登山靴を履いているので、ほとんど滑らない。足元が安定すると歩みがかなり楽になって、気持ちに余裕が生まれる。それに、前回は嫌々登っていたが、今回は自分の意志で臨んだ。楽しくないはずがない。山の草花を愛で、木洩れ日や風を感じながら登り進めていく。
 
しかし、残念ながら山頂までは行けなかった。頂上まであと100mくらいのところで断念した。登山客が多すぎて、頂上へ上る道が渋滞していたのだ。日が暮れてしまっては危ないので、引き返すことにした。それでも楽しかった。辛いだけだった登山を、楽しい思い出に上書きする目的は大いに果たせた。
 
私は登山漫画を読んで、限界に挑戦していく人の姿に心打たれた。命を削るようなことはできないが、少しずつ自分の小さな限界を乗り超えていく挑戦は続けていきたい。小さな挑戦の積み重ねが、きっと大きな変化をもたらしてくれる。筑波山でヒーヒー言っている私も、いつかエベレストを登れるようになるかもしれない。
 
 
 
 
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2021-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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