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ただ、笑っていただけだった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伊藤朱子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「伊藤さんって性格いいよね」
そう言われて、隣に座るその人を見ながら、私は満面の笑顔で
「そうですか?」と答えた。
 
「そうだよ、だってこんな僕と付き合って仕事ができるんだからさ」と彼は言う。
 
「確かに、あなたみたいな気性の激しい人と仕事ができるなんて、ちょっと普通の神経じゃ難しいかもしれないですね」と心の中ではっきりと答えながら、口元は閉じたまま、またニッコリと笑った。
 
この人との仕事のスタートは最悪だった。いきなり電話口で怒鳴られ、何が起こったのかわからなかった。何か失敗を犯したのだろうか。頭の中で一生懸命怒、鳴られている理由を考えたけれど、全く見当がつかない。
 
電話の向こうの言い分を聞いていると、「ちゃんと仕事ができるのか」と自分の中で湧き上がった不安を私にぶつけているようだった。
彼にとっての、その不安の原因は間違いなく私だ。
 
建築設計の仕事をしている私は、知り合いの紹介でクリニックの内装デザインを提案する機会を得た。その内容がクリニックの先生に気に入られ、採用されることになったのだ。そして、その内装工事を担当するのが、私に怒鳴っている人が社長を務める施工会社だった。
 
もともと、クリニックの先生から声をかけられたのはその施工会社だった。しかし、その会社は関西に本拠地がある。実際に工事をするとなれば、先生と細かい打ち合わせが必要である。関西からデザインの打ち合わせをするためだけに上京するのはなかなか難しい。そのため、東京で内装デザインをする会社を見つけ、担当してもらおうと考えたようだ。そんな中、共通の知り合いからの紹介で私たちは出会った。
 
私たちは即席のチームだった。しかし、私が提案したデザイン案と彼が提示した工事金額の両方を合わせて、先生は納得し、私たちチームに仕事を依頼してくれたのだ。
競合他社の中から勝ち抜き、これから一緒にやっていかなければならないというところで、なぜだか社長は怒鳴っていた。
 
「意味もなく怒鳴られるなんて、いっそこんな仕事、断ってやる」そんな気持ちになった。
しかし、紹介者の面子もある。なんとかその場を乗り切り、電話を切った。
 
仕事は淡々と進められた。必要な細かい図面を書き、先生に確認する。私と先生との関係はどんどん深まるが、そんな中で、彼の調子は変わらなかった。基本の図面を仕上げなければならない約束の期日に、図面を提出したものの、彼はなんとなくいつもイライラとして口調が荒い。
 
基本の図面を提出しても、まだ実施図面と呼ばれる細かい図面も描き進める必要がある。仕事はまだまだ続く。正直なことを言うと、彼とのやりとりに疲れていた。電話がかかってきても、本当にそれに出るのも嫌だった。なるべく出ないで済ますことはできないか、そう思うが無視するわけにはいかない。いつも、「また何を怒っているのだろう」と考えながら電話に出ている私がいた。そして同時に、「なんで私が怒られなくちゃいけないの?」と、私も怒りに似た感情を持っていた。
 
そんな中、先生との打ち合わせで、幾つかの点で変更が必要になった。その報告の電話をしなければならない。
その変更は必要なことだ。でも、不機嫌になったらどうしよう。
そうだ、とにかく、あっけらかんと明るく話そう。
 
私は、できるだけ明るい口調でその報告をした。そして、彼が何か不機嫌そうな感じで返事をしても、とにかく明るく返事をした。
 
すると、彼が「僕は実は短気なんだ」と言い出した。
そんなことはよく知っている。ずっと、感じてきた。そう思ったが、まさか、「そうですよね」というわけにもいかない。
言われて初めて気がついたかのように、「そうなんですね」と言いながら私は笑ってしまった。そんな、いまさら冗談みたいに言われても笑うしかない。
その日の電話では、彼も少し機嫌がいい感じで話が終わった。
 
それから私は、ひたすら何でも明るく、笑い、話した。
彼が私のメールを読み落として、私に文句を言ってきても、私は怒らない。「もう、昨日ちゃんと送りましたよ」と言って笑った。
昨日と言っていることが違うじゃないか、と思っても笑った。
逆に、彼が私に少々の文句を言いたげな感じになっても「うっかりしてました」と言って笑った。
 
近くで聞いていた一緒に働いている人たちは、電話口でやたらと笑って明るくしている私に違和感を感じていたかもしれない。不思議なことに、笑ってうけ答えをしていたら、私の中では怒りが起こらなくなった。
 
それから、5ヶ月。
彼は親しげに、私のことを「性格が良い」と褒めてくれた。
 
しかし、残念ながら私は性格がいいのではない。ただ、笑っていただけなのだ。
 
「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは「笑う」ことにもあてはまる。
「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」
刺激を受け、感情がわき起こるから体の反応が起こるのではなく、体の動き、反応が先にあるから感情がわき起こる、という心理学の理論だ。
 
私はいつの間にか、彼からの電話を受けた後、自分が不機嫌になることの防衛手段として、先に「笑う」ということを身につけていた。
私は笑っている、だから楽しい。彼の理不尽な態度にも楽しいと感じるように、体を先に反応させ、笑った。
 
そしていつの間にか、その「笑う」という態度は、彼の怒りを攻撃していたのかもしれない。相手は自分の鏡である。自分がイライラしていれば、相手もイライラする。私は防衛手段として笑っていたが、私の明るい態度を感じて、彼もいつの間にかにこやかに電話をしてくるようになった。私は彼の怒りという感情を撃退したようだ。
 
理不尽な出来事に対して、「笑う」は一つの防衛手段になり、そして戦いの手段にもなる。
笑えば相手との関係は変わっていく。笑えばなんでも乗り切れる。
そう実感できる。
 
「性格が良い」と言われて、この戦いに勝った気がした。しかし、もう二度とこんな風に戦いたくない。「笑う」を戦いに使いたくない。
だから、もし次のチャンスがあったとしても、彼と一緒にお仕事をするのは遠慮させていただきたいと、心から思っている。
 
私はもっと単純に、心の底から笑い、「笑う」ことを楽しみたいのだ。
 
 
 
 
***

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2021-05-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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