メディアグランプリ

「あなたとすごした黄金のとき」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:月之まゆみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「もしよろしければ、お庭をごらんいただくだけでもよいので
ぜひ、お立ち寄りいただければと思います」
 
今年の春に届いた一通の手紙にそう書かれていた。
 
手紙を受けとる3週間前、新聞とテレビの報道で、大阪の老舗、太閤園が閉店すると知ったばかりだ。
明治に藤田男爵が建てた私邸は、昭和に太閤園と名を改め、料亭や披露宴会場として開業され、その歴史のなかで格式のある店になった。手紙の主である松浦さんはそこで働く中居さんだ。
 
つい2年前。開業60周年を祝う記念イベントで、私たち夫婦の披露宴の写真を展示してもらったことは記憶に新しい。
年代順にそこで誕生したカップルの写真が館内に飾られ、利用者に寄りそう心あたたまる企画だった。
ことほぐ若き日の自分の写真を見たことで、日常では思い返すこともないかった感情や記憶の断片をきざんだ自分史のページがパラパラとくられるような感覚をおぼえた。
それは満ちたりた感情だ。
 
そんな心ある店だから親子2代、3代にわたって結納や結婚式をあげるほど利用者に愛されていた。
そしてそんな店は永遠につづくと信じていた。
 
淀川邸の料亭につとめる松浦さんと出会ったのは、父を亡くして間もない頃だった。
 
ある夏の夜、かがり火をたいた庭園での会食のイベントで私たちは知り合った。
毎年、一年一度、香取線香のたいた席で夜風にあたりながらいただく食事や酒。〆は松浦さんがつくってくれる大人のかき氷。
最後は披露宴をあげた部屋にかざる「鶴舞」の掛け軸のまえで家族で写真をとることも記念行事になった。
 
そんなささやかな楽しみはあたりまえに続くと思っていた。
太閤園に自生するホタルがとぶ頃には会えるはずだった。
昨年、コロナ禍のながい営業自粛の後でさえ、夏の夕べの宴席は再会されたので安心して訪れた。
 
密にならないようにとの店の配慮から、冷房のきいた涼しい個室の座敷で食事をとるのがいつもとの唯一の違いだった。しかし最初は場所がかわっただけと食事を楽しんでいたが何かがものたりない。そこにいつもの松浦さんの姿がなかったからだ。
 
別の座敷いついているのだろうか。その日の担当の女性にきくと、その日は休みだと答えた。変わりはないことに胸をなでおろす。
一年に一度、夫婦の時間のズレを巻きなおすひと時は、いつのまにか、そこで働く人との再会をこころ待ちにしていることに気づいた。
その日、翌年の再会を心待ちにしていることを伝える手紙を残した。
 
それから季節がすぎ、今年の夏のイベント開催の便りを心待ちにしていた。
その矢先に飛び込んだのが太閤園、閉店のニュースだった。
 
何度も松浦さんにはげましの手紙を書こうと思ったが自分にはそんな力がないとあきらめかけていた。そんな折、彼女から手紙がとどいた。
 
手紙のなかで自分のことより、閉店をわびるばかりの優しい女性にかける言葉など見つからなかった。長くキャリアを積んできた人を励ます勇気などなかった。
 
考えたあげく、一冊の本を手紙にそえて贈った。
自分が悩んでいたときに助けられた本だった。
人の痛みや哀しみに応えてくれる本だった。
 
しばらくして彼女から返事がきた。とどいた本を読むと、まるで心の中を見透かされているようだったと書かれていた。
 
梅雨入りしたばかりの小雨のふる日に太閤園を訪れた。淀川邸の重厚な玄関で彼女が迎えてくれ、久しぶりの再会に手を取り合って喜んだ。
 
通された座敷でゆっくりと昼食をとった。建った当時から使っている古い窓のガラスを通すと景色がすこしたわみ、雨に濡れた新緑がかがやいて灰色の空を背景にした景色は、一幅の画を見ているようだった。しずかにそして少しずつ季節はうつろっていた。
座敷からみる景色もこれで見納めかと思うと、昼食の会話も途切れがちになった。
 
部屋の一角に花嫁が披露宴で着るうちかけの着物が飾られていた。
あでやかな手縫いの刺しゅうの花々は、赤いうちかけに花畑のように咲いていた。
 
刺しゅうと同じようにそれぞれの人生の物語が、花の刺しゅうのようにその建物に刻まれていた。
 
料理の合間に松浦さんと色んな話をした。楽しい話。懐かしい思い出。互いの近況。話題はつきなかった。
料理も終わりが近づいたころ、閉店してからどうするのか、気になっていたことをきいてみた。
 
しばらくゆっくりすると彼女は言った。忙しくて長くおざなりにしてきたことに向き合いたいし、人も訪ねたい。その心境に変わるきっかけになったのが私の贈った本だと言ってくれた。そして読み返すたびに心にささる言葉も変わると教えてくれた。
 
贈ってよかったと思った。本のもつ本当の強さを目のあたりにする経験だった。
 
いつもの「鶴舞」の前でとった最後の記念写真は3人の写真だ。
 
見送る玄関口で松浦さんがそっと本のページを開いて私に見せた。
 
「出口さま、今日はこのページですね」
「そうですね。私も同じことを考えていました」
私たちは笑いあった。
 
黄金のとき
 
どんな 黄金よりも
つよく 明るく
輝きを 放つもの
あなたと 過ごす 二度と
還ることのない 今
 
― 若松英輔 著 詩集 幸福論より ―
 
彼女は本を閉じるとさっと着物の帯のおたいこに本をなおして前を歩く。
 
「私たち従業員はもう前を向いてそれぞれに歩き始めています」
 
その言葉通り、彼女の足取りはどこか軽やかだった。さっそうとした着物の後ろ姿に思わず見惚れてしまう。
 
不思議なご縁だった。関係を深めるのに会う回数や一緒にすごす時間の長さが関係ないことを教えてくれた人だった。
 
太閤園は2021年6月末をもってグランドフィナーレを迎える。
 
ほな、行こか……。
 
毎日を小さな黄金のときと思ってすごせば、自分を幸福だと思える気がした。
あなたとすごした黄金のときを、私は決してわすれない。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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