帝王切開とさんま
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記事:北村 涼子 (スピードライティング特講)
妊娠中にベッドから落ちた。
妊娠7か月ぐらいかしら。
「あー、落ちるなぁ」と夢のどこかで感じていたことを覚えている。
そしてドンっと。
びっくりして起きた。「いったぁ……」腕を打撲。腹は大丈夫。
ではなかったようで、次の検診で言われる。
「あ、逆子になってる」と。
こいつ、落ちた拍子にぐるんと回りやがったな、と腹に向かって「あらまぁ」と言ってみた。
妊娠7か月で逆子はちょっと厳しいらしい。もう子宮の中の隙間がなくなってきているからもう一度ぐるんと回ることがむずかしい。
それでも毎日逆子体操をしてみた。もとに戻って自然分娩ができますように、とお腹をさすりながら頑張ってみた。
願いは叶うらしい。9か月にさしかかる頃の検診で戻ってくれたことがわかった。
「あら、やるやないの」と腹に向かって言う。
そしてその次の臨月に入った検診で「むむむ。ちょっと待て」と主治医に言われる。
「なんやろね、どしたんやろね」と腹に声をかけながらあれよあれよとそのまま入院が決まる。
「ちょっと待て、家に帰れへんのかい。何の荷物もないんですけど。天気よかったしお布団干してきてるんですけど。なによりも9月に入ってめっちゃ美味しそうな秋刀魚を見つけて今夜食べようと冷蔵庫に用意してたんですけど」などありとあらゆる思いが巡る中、もう歩いたらあかん! ということでそのまま入院が決定。
どうも胎児の心音がおかしいらしい。
翌日、病院のベッドで世話をするために来てくれた母とのんびり話していたとき、助産師さんが胎児の心音を確認するために部屋に入ってきた。
心音を確認した瞬間、ゆっくりと「あらあらあら」と一言。
そしてこれまたゆっくりと病室を出ていき、次にそそくさと部屋に入ってきたときには「はい、もう出しましょうね」と。
「今日の夕方16時、緊急帝王切開ね」とニコニコ穏やかに言い放った。
なぜか「秋刀魚」が頭から離れなかった。
食べたい! と思って今夜秋刀魚が美味しく食べられるように用意をして自宅を出た。
そんなに好きというわけでもないのに。今日は秋刀魚が食べたい。
入院が決まった連絡を夫にしたときも「秋刀魚」と「布団」がキーワードだった。
まぁ、布団はわかる。ベランダに干したまま取り込みできてないから会社から帰ったら取り込んでね、と。
ただ、秋刀魚に関しては違う。
「めっちゃ食べたかってん! せやけど入院になってしもて食べられへんねん!」と何に対する勢いなのか夫にやるせなさをブツケまくった記憶がすごい。
我がの子の誕生よりもなにがどうしたのか秋刀魚に執着していた。
無事に帝王切開でこの世に誕生した娘。
子宮が狭い中で2回もゴロンしたおかげで取り上げられた時には自分の足にへその緒をぐるりと巻き付けた状態になっていた。
そう、それで心音がおかしなことになっていたらしい。
そこで思う。そんなの知らずに普通分娩していたら間違いなくへその緒が圧迫されて空気が回らずなにかしらの障害、或いは死という道をたどっていたのかも、と。
現在の医療に感謝と同時に「秋刀魚秋刀魚」とうるさい自分を恥ずかしく思った。
まぁ、そんなこと思う前にカポっと全身麻酔のマスクを装着されてあっと言う間に闇におちた私は次に呼び起された時には「秋刀魚」の「さ」の字も一切出てこないぐらいの子宮収縮の痛みと切り傷の痛み、さらには麻酔が合わなかった頭痛にのたうち回るほどの苦痛を覚えることになったのだが。
麻酔が体に合わなかった私。入院中ずっと頭痛に悩まされた。
その間、毎回美味しいお料理が運ばれてくるにも関わらず、頭痛との戦いで食欲は沸かず、座っていることさえ難しくてずっと「いたぁい、いろんなところがいたぁい」と言いながら横になっていた。
そう、その頃には「秋刀魚」を思い出す隙間もなかった。
それから数日後、私は夏のじとじとした暑さもすでに終わりを告げてた秋晴れ、澄んだ透明な空気の中を娘をダッコしながら退院していった。
頭痛はもうなくなっていたが傷口はまだまだ癒えない状態であった。その時写したちょっと前かがみな自分の写真を見るたびに当時を思い出す。
実家に帰り着いた瞬間、「お母さん、秋刀魚食べたい」とやはり口から出た。
なぜだろう、食べたいときに食べることができなかったモノへの執着心といったら半端がない。
あの時の娘は今は12歳になろうとしている。
そんな彼女は「魚と言えば秋刀魚」になっている。
「秋刀魚をカパって真ん中で割って食べるのが好き。きれいに骨まで取れたらやった! て思うし美味しいし、めっちゃ好き」という。
秋刀魚をカパっと割る娘をみていると私は私で私のお腹をカパっと割って出てきた娘のあの瞬間、あの顔を思いだす。
娘は生まれる前から秋刀魚に取りつかれていたのか。
私の出産は秋刀魚に始まり、秋刀魚を思い、秋刀魚に終わる「さんま物語」としてまぁまぁ楽しく語り継いでいる。
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