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社畜SEが中小企業診断士を目指した結果


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記事:石山 祐己(ライティング・ゼミ朝コース) 

 

「困るなぁ……もっと、立場というものを考えてもらわないと」 

乾いた空調とすえたタバコの匂いが充満するオフィスで、上司が言った。 
 

自分の12月の残業時間はおおよそ95時間。100時間に至らなかった。常駐先の他社員の残業時間は、120時間を超えていたという。 

 

言われているのは要するに「立場上もっと残業してもらわないと困る」ということだ。仕事の質や内容は評価対象にならない。その派遣労働業界で要求されるのは、見た目の残業時間だ。昨今では月80時間というのが残業の「過労死基準」のはずだが、そんなきれいごとが通用しない世界もまだまだ多い。 

 

「はぁ、そうですか」 

まともに目も合わせず、そう答えた。何かを言い返す気力など、とっくの昔に消え失せている。気のない返事をする口先とは裏腹に、頭の中では中小企業診断士試験の練習問題を解いていた。 

 

その前月に、たまたまコンビニで目にした雑誌に書いてあった「中小企業診断士」という資格。経営コンサルタントとして唯一の国家資格。「国内版MBA」という響きも気に入った。 

 

もちろんその資格を取るだけで、将来が保証されるわけではない。だが何もしなければ、現状を繰り返す日々が続く。転職歴の多い自分が、よりよい条件を求めてまた会社を移るのも非現実的だ。自分でビジネスを立ち上げるようなネタも度胸もない。せめて「転職歴の多さ」を裏返して「経験の多さ」というメリットに転換できるような、理由付けと看板を持つところから始めよう。 

 

ある年末のそんなスタート地点から、中小企業診断士の取得を目指すことにした。 

 

年に1回の試験であり、一次試験は7科目のマークシート、二次試験は4科目の筆記。そこまでの合格率が4%。これが実質的な合格条件だ。必要な勉強時間を調べてみる。ネットで調べた体験談や、全科目内容と過去問を確認して「1500時間」を目標とした。年末からの残り10ヶ月で合格するには、毎日5時間勉強すればよいことになる。5時間×30日×10ヶ月で、1500時間。 
 

ただし家族の食い扶持を捨てるわけにはいかず、9時から18時までは働かなければならない。フルタイムで働きながら、1日5時間の勉強時間を確保するには……睡眠時間を削るしかないだろう。まだ子どもが生まれたばかりで家庭を放っておくわけにもいかず、予備校に通うなどという贅沢も言えない。家で、独学でなんとかすることにした。 

 

もう残業はしないと勝手に決め、18時に退社し、帰宅。21時に家族みんなで寝て、自分だけ深夜0時に起き、朝6時まで勉強。1時間ほど仮眠を取り、7時過ぎに出社。移動時間や昼休みも常に活用。途中休憩を考慮しても、これで1日最低5時間の勉強時間が確保できる。もちろん休日もほぼ勉強だ。 
 

そんなスタイルの受験勉強を始めてから、「無理だ」と何人かに言われた。それはどこかで聞いたような、当たり前の話ばかりだった。普通は予備校に通う。会社を辞めて勉強に専念しても2〜3年はかかる。結局は中小企業大学校で取るのが近道だ。だから、無理だと。 

 

しかし「無理だと思えば無理」なのは、何だって同じだ。そう思う人にとってはそれが現実であり、それ以上でもそれ以下でもない。ただそんな大勢にとっての「無理」を覆そうというのであれば、それなりのエネルギーは必要だ。多くの資格受験にとってのそれは、勉強時間が基準となる。世の中の他の「無理」に比べれば、レベルは低いように思う。 

 

人の言うことには耳を貸さず、最終的には、上に書いたような生活をきっちり10ヶ月間続けた。 

 

「見ているこっちが気持ち悪くなる……」 

どんなに寒くても、どんなに疲れていても夜中にむくりと起きて勉強をしている姿を見て、よく家内に言われた。気持ち悪いも何も、もうこちらは一発で合格すると決めている。そうする以外に選択肢がない。そこには「努力している」という感覚さえなくなっていた。 

 

必要なのは生活サイクルであり、目標とする状態に向けて、ただ着実に知識を積み重ねることだ。この試験の場合、全科目平均が6割正答であれば合格なのだ。満点を目指す必要はない。確実なポイントを、確実に取る。そのためだけの機械と化す。勉強では手書きと合わせて、iPhoneやiPadといったデジタルデバイスもフル活用した。問題集はすべてデータ化し、何度も繰り返し書き込めるようにした。 

 

そんな受験勉強マシーン状態を経て、8月の一次試験を通過し、あっという間に10月の二次試験が終わった。手応えはあった。12月の合格発表の日、掲示を見る瞬間。そこには普通に、自分の番号があった。最初からそのつもりで勉強し続けた10ヶ月間の当然の結果として、妙に落ち着いている自分がいた。あれくらい努力したのだから当たり前でしょうと、家族もそんな感じだった。いや、もっと喜ぼうよ。 

 

さておきその合格と、割愛するべき有象無象をきっかけに、2週間で会社を辞め、個人事業主として独立することになる。資格を武器にどういう仕事をしていくか、どんな人間関係を構築していくかはまた別の話だが、資格がなければ得られなかった生活様式は、確かにある。あの空調とタバコの匂いを遠い記憶の彼方に、残業時間を気にすることもない自分の書斎での深呼吸に、ちょっとした達成感を覚えるのである。 

 
 

《終わり》 

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2018-06-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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