メディアグランプリ

カネを求めて働いた書店で、受け取ったもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中 伸一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
1991年4月。僕は、にわかに焦っていた。
カネがない。
正確に言えば、銀行口座には23万円あった。
でも、4月からは学費も生活費も、自分でまかなうことになっていた。前期の学費15万円を支払うと、残り8万円。家庭教師のバイト収入は、月4万円。
家賃2万円の風呂なし・共同トイレのアパートに引っ越したとはいえ、このままでは来月には食費にも事欠くに違いない。
なぜ、そんなことになったのか。
全て、自分の身勝手からだ。
「留年させてほしい」と言って親ともめた挙句、
「学費も仕送りもいらないから」
と宣言して押し切ってしまったのだ。
そうして迎えた大学5年目の春。
どうしよう。
したいことがあって留年したはずが、金の心配が頭を離れない。
 
フロムエーを買った。僕にもできそうなバイトを探す。塾講師の募集は、全くなかった。当たり前だ。もう4月なんだから。そんなことにも気づかなかった自分の甘さを後悔した。接客とか、体力系とかは無理だとなると、できそうな仕事がほとんど無いことに気付いて愕然とする。
ふと、「事務 時給800円 ××書店外商部三鷹営業所」という募集に目が留まった。
9時から16時まで。週3回程度。
大学へは、ゼミと卒論だけだから、昼間の仕事だって構わない。これで月5万円もらえるなら、家庭教師のバイトと合わせて、何とか生きていけるだろう。
でも、書店の外商部って何だろう。何だかわからないけれど、思い切って応募してみた。
 
一着しかないスーツを着て、ネクタイを締めて面接に行った。三鷹駅前の雑居ビルに行き、緊張してチャイムを鳴らす。
「面接に来た、田中です」
おう、よく来た、と眼光鋭い中年男性が応対してくれる。この人が、三鷹営業所長の村田さんだ。業務の説明をしてもらう。
「三鷹営業所は、外商といって、大口の決まったお客さんに売る商売なんだ。具体的には、図書館や学校に営業を掛けている」
何も知らない私は、素朴に質問した。
「本を持っていって、選んでもらうんですか?」
「いやいや、先方が目録や広告を見て、欲しい本のリストを作ってくれる。そのリストの本を取り寄せて、納品する。納品した分をまとめて月に一回請求書を出す」
村田所長は、にこやかに教えてくれた。簡単に労働条件を確認しただけで、即採用が決まった。
「4月は、教科書販売もあるから、忙しいんだ。すぐ来てくれる?」
願ったり叶ったりである。それから、三鷹へ通勤する生活が始まった。
 
「おはよう! 今日も清水さんはキレイだし、栗原さんは頼もしいし、しずかちゃんは静かだし、三鷹営業所は最高のメンバーだよ」
毎朝、村田所長は女性の3人のバイトを褒めるところから仕事を始める。
所長以下3人の社員と、バイトは女性3名、男性2名。
まずは、配達されてきた箱を開けて、詰まっている本をみんなでお客様別に仕分ける。
営業さんの訪問予定に合わせて、納品書を作り、注文された本と一緒に箱に詰める。
まだ、伝票を手書きしていた時代である。カーボン紙を間に挟んで、ボールペンで明細を書く。金額を電卓で計算する。
納品準備が終わったら、今度はお客様から頂いた注文リストを、「短冊」と呼ばれる注文フォームに転記する仕事だ。これも、当然手書きだ。
洋書の発注は、機械式の英文タイプライターで注文書を作る。これまで、キーボードというものにほとんど触れたことがないから、文字を探しながら指一本で打っていく。専門書だから、知らない単語だらけだ。失敗しては何度も作り直す。
することはいっぱいあるけれど、急がされることもない。お茶を飲み、時にはしゃべりながらマイペースでこなしていく。
適度な緊張感の中で、私は徐々に仕事を覚えていった。
週3回とはいえ、勤め人のように朝出勤して夕方帰る。生活リズムが整うようになり、仕事に慣れていく中で、給料日が来る前から、カネがない不安が、不思議と落ち着いていった。
 
村田所長は、僕の小さな工夫や提案に
「田中君、そんなことまで考えてくれてありがとう」とか、
「すごいよ、君は」
と言ってくれた。村田所長の承認の言葉をシャワーのように浴びて、やっと自分の本音に気づいた。
やりたいことがあるから、留年したかったのではない。就職するのが怖かったのだ。
社会に出る自信がなかった。でも、村田所長の言葉を受けているうちに、
「もしかして、僕、大丈夫かも」
と思えてきた。すると、失敗を恐れずに自分から仕事をするようになり、仕事がどんどん面白くなっていった。
 
村田所長が目を配っていたのは、僕だけではない。毎日植木に水やりをするように、一人一人に承認の言葉を注いだ。
僕たちも、社員さんたちと毎日一緒にランチに出かけたり、時には飲み会もしたりした。そうして、何だかんだと互いの抱えている事情を知るようになっていった。その結果、所長の世田谷のご自宅に皆で押し掛けるほど、濃い人間関係が作られていった。三鷹営業所の業績がグングン伸びたのは、この最強の人間関係に秘密があったのではないだろうか。
 
働くということは、職場の人と共に生きていくこと。家族とも、友達とも違う職場の人間関係の中で生きていくこと。仕事を進めるという共通の目的に向かって、力を出し、助け合う。ランチや飲み会も、そんな関係を維持するために必要だ。そんなことが、なんとなくわかってきた。
 
7月になって、就職活動の時期になった。僕も、もう留年はこりごりだったから、就職先を決めなければいけない。
「このまま、ウチの会社に就職してくれないか」
村田所長が、そう言ってくれないかと期待した。でも、いつまでたっても全然そんな話にならない。ある日、冗談めかして言ってみた。
「就職活動も面倒だから、ここで働き続けてもいいかな~って思ってるんですが」
村田所長の答えは、意外だった。
「田中君はね、どこに出しても恥ずかしくない人だから、ウチに来るんじゃなくて、もっとイイ会社に行きなさい。そして偉くなって、周年行事なんかには記念品に本を選んでほしい。そしてウチの外商部に大量の注文を出してほしいんだ」
正直言って、ちょっとガッカリした。でも、村田所長が僕をそこまで買ってくれていることに、胸が熱くなった。
 
カネのためにたどり着いた書店の仕事。お金をもらえて、飢えることなく暮らせただけでも、三鷹営業所は命の恩人だ。でも、もっと大切なものをもらった。それは、「職場での生き方」であり、「成功体験」であり、「自信」だ。
 
あれから27年。まだ、書店の外商部に大量注文を出すことはできていない。
今できる僕の恩返しって、何だろう。
僕が村田所長にしていただいたように、職場の一人一人に気を配り、承認していくこと。
そして、今の職場を三鷹営業所みたいに最強にして、いつか大量注文を実現したいと思い続けている。

 
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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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