メディアグランプリ

「Rー18な学級文庫」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:芝桜文鳥(ライティング・ゼミ 平日コース)

 
 
「その本、めっちゃエロかったやろ?」
 なぜこの土地の男子はエロい話をしようとすると、いきなり西の言葉になるのだろう。
 教室のみんなの様子をうかがいながら、さりげなくそぉーっと目立たぬように学級文庫に本を返した瞬間、すれ違いざまに声をひそめて耳打ちしてきた男子は……まさかの優等生の委員長だった。私は周りを見回して小さくうなずいた。
 授業の合間の短い休憩だった。10分あるかないかの間なのに、教室の男子達は机の間を駆け回り、女子達はそれぞれのグループ同士で恋バナ的な噂話だったりローラースケートで走り回りながら歌うアイドルグループのことだったり……とおしゃべりに夢中だった。この瞬間なら、さりげなさを装ってさらりと返せば誰も気づかないはずだ……と考えに考えた末の返却だったのに。
 
 今日もひとりぽっかり浮いていた。小学校6年の春だった。6年生といったら、もう人間関係も固定していてやりにくいったらありゃしない。突然の転校だった。親の転勤のためだった。父親の仕事の性質上、転勤の内示がでるのは赴任日の10日前。いつも直前なのだ。とはいうものの、ひとりであることをいいことに、本を読みふけったり絵を描いたりとひとり時間を満喫していたので、そんなに苦にはならなかった。
 ただ、いつ来るかわからない転校のために、勉強だけは常に結果を求められた。満点当たり前で悪くて9割。成績優秀で品行方正……頭がよくて、清く正しく美しく。それが私に求められた姿だった。どんくさくてどこかずれていて集団生活になじまない性格なのに、成績だけは良かったので転校先でも浮いて当たり前といえば当たり前か。
 成績を保つためという名目で、書籍だけは贅沢をさせてもらえた……とはいっても、親の検閲の範囲内ではあったが。恋愛ものや残酷な描写があるものは一切禁止だった。本棚に積み上げられた父親の蔵書も触れてはいけなかった。図書館で借りてきたものの、こどもの手には届かない高い棚の上に上げられて目に触れないようにされたこともたびたびだった。
 私にとっての読書は「狩り」だった。「読んではいけない」と言われれば、更に燃えた。燃えまくった。どんくさい・ずれているといわれる私でも、親の監視の目をかいくぐり、読みたい本を読むべく知恵を絞った。高い棚に置かれた本は、親の留守中に椅子と昆虫網など目につくあらゆる道具を使って手に入れた。じっくり読みふけったあとはまた元の場所に寸分違わずきれいに戻した。禁じられた父親の蔵書も、興味をそそるものは読みまくった。文学ものから大きい声では言えないが仕事関係のものまで、好奇心をそそられる本をむさぼった。
しかし、親の前では本など興味もありませんとでもいうように、寝そべって怠惰に過ごしてみせていた。母親が「この子は本当に本を読まないのよ」とよく溜め息をついていた。
 そんな私が読みたくて読みたくてたまらないのに、見つけることができないまま6年生になってしまった本があった。元々は小学3年のクリスマスに買ってもらった『まんがで読む百人一首』の隣に並べてあったというだけで、たまたま何の気なしに一緒に買った本だった。3月3日の雛人形のような衣装に心惹かれて選んだだけだった。その本の主人公は小説家だった。お姫様のような彼女が綴ったという名作といわれる恋愛小説の有名な一節が少女漫画のような絵柄で美しく描かれていた。「……これは是非ぜひ読んでみたい!」と思った私は、書店や図書館の本棚を探し回った。だが、こどもの本コーナーには、その本は置いていなかった。親には言い出せなかった。“恋愛”小説というだけで、親の検閲に引っかかることはすぐに想像がついたからである。
 なのに、なぜ?! こんなところにあるなんて! すごい!
転校先で友達もできず浮きまくっていたこの時、教室の古ぼけたロッカーの片隅に吹きだまりのように放置された学級文庫をみつけた。20冊余りの学級文庫のラインナップはとても極端だった。先生方が選んでくださったと思しき小学6年生にふさわしい真っ当な科学本や小説などが半数余り。その他はおどろおどろしい心霊写真集や怪奇ホラー小説など、好奇心から買ったものの自分の部屋には置きたくないたぐいの本が何冊か。その他はおそらく誰かの兄姉からのお下がりの学習参考書が何冊か。いわゆるマンガ本はないはずだった。
私が探して探し求めていた本のタイトルを冠したその本は、その誰も読まないと思えた参考書類の狭間に隠すように置いてあった。たぶん大学受験の参考書としてお兄さん(決してお姉さんではない)が買ったのだろう。名作とうたわれた原作を基にしたその本の内容は、ギャグ漫画で有名な漫画家が描いていた。あえて原作ではさらりと流した場面が心と身体に刻みこまれるような誇張されたセクシーなシーンとしてがっつり飛び交う、親がめまいを起こしそうな仕上がり具合だった。後ろめたさがさらに好奇心と面白さを煽った。
 その本の名は『マンガで読む源氏物語』という。古典の名作である『源氏物語』がタイトルに入っているが故に、先生方の検閲の目をすり抜けることができたらしい。とてもこどもに読ませられないような内容でマンガ化されているというのに、まさかの学校の古ぼけた学級文庫の中にちゃっかり居座っているなんて!
 ……耳打ちされた私は一瞬凍り付いた。が、ちょっと待て。この本が「めっちゃエロい」と知っているってことは、この目の前にいる模範的なクラス委員長も読んだってことだよね……私はこの狭い社会の教室の中でよく読み切ったものだなぁと感心していた。
 健全な好奇心を持った私たちは、この古典の名作の中に流れる昔も今も変わりなく男と女の間に起こりうることを『エロい』ぐらいしか表現の語彙を持っていなかった。この流れながれる避けようのない『業(ごう)』の世界はまだ知るよしもない平和なこどもだった。 自分だけが特別心の中が『エロい』訳ではなく、本の内容を『エロい』と言い切ったこの眼前の真っ当な男子もまた心の中にそう感じつつあるものがあるなんて……私はほっと胸をなで下ろして、彼に背中を向けて早々に自分の席に戻った。そして深く深ーーーーーーく息を吐ききったのであった。
 まだまだ私たちはこどもで、私たちにはこれからぐるぐると目が回るような今も昔も変わらない世界が待っているであろうことは理解できた。とりあえず。
 やがて月日が過ぎ……高校生になった時、図書室の本棚で日本古典全集の中にがっつりと『源氏物語』のタイトルを見つけた。正直たじろいだ。あの内容をまさかの高校の図書館という公衆の面前に置いちゃうなんて! と早速読み始めた……ない。ないのだ。あのマンガにがっつり記号のように何度もあった“あの”シーンがない……いや、ある。あるのだ。美しい流れるようなことばの中に、深い闇の中に沈められるように……しっとりと思わせるように時間の軸の中にまとわりつくようにあるのだ。
 私は思った。学級文庫の前に佇んでいたかつての私が本当に“こども”だったのだということを。そしてかつての私を内包した高校生となった私も、やはりまだこの人生の深淵を覗き込むようなこの世界の人生の“業”の光と闇を垣間見るには、先はまだまだ長いのだなぁと感じいったのであった。

 
 
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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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