メディアグランプリ

自動販売機ほど便利ではないけど


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:YANG MIAO(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「おはようございます。クリーニング屋です~!」
おじさんの明るい声がインターフォンから聞こえてきました。
 
「今日はもうあったかいですね。」
「え、本当に暑いですね」
「はい、ワイシャツ3枚ですね。お預かりします、では失礼します、あっははは……!」
と二軒先まで聞こえるぐらい元気な声で笑いながら、車に戻って次の家に向かっていきました。
 
ここに引っ越す前の家は繁華街に近いモダンな高層マンションでした。エントランスはオートロック式で、宅配ボックスも完備されています。家を空ける時でもお荷物の受け取りができます。管理人の部屋は眼立たないところに配置されていて、ほとんど管理人の姿を見かけないですが、でも毎日ドアやマンションの壁のタイルがピカピカに磨かれていたことがみて分かります。
 
マンションの下に24時間営業のコンビニがあって、その中にクリーニングサービスもありました。洗濯物用のロッカーが壁一面に設置されて、早朝でも深夜でも好きな時間にクリーニングを出したり、受け取ったりすることができます。生活の中で、誰の手を介さずに全自動で、好きな時間に自由にサービスを受けることができました。本当に便利だなと思いました。
 
それに比べて、今の家は駅からも離れた閑静な住宅街です。引っ越したばかりの頃、クリーニングやちょっとした買い物にはとても困っていました。一番近くのコンビニまで行くのに5分以上歩かなければならない。クリーニングにしては、洗濯物をもってさらに時間をかけて大通りまで行き、お店で並んで出すということになってしまいました。雨の日はクリーニング屋まで行かなきゃと思うだけで憂うつになってしまいます。また遅く帰った日は、クリーニング屋の営業時間に間に合わないこともしばしばありました。とにかく、自由で便利だった生活が一気に効率が悪くなって、毎日クリーニングをどうするかが我が家の一大事でした。
 
みんなはどうしているんだろうね? と不思議に思い、以前から住んでいたお隣さんに聞いてみたら、紹介されたのが今のクリーニング屋でした。
 
クリーニング屋のおじさんは雨でも、雪でも、猛暑でも、氷点下でも毎週月曜日と木曜日の決まった時間に必ずきてくれます。ここに引っ越して5年、一度も休むことはありませんでした。おじさんと言っても、推測ですが、年齢は80才近くあるはずです。ここの地域でクリーニング屋を60年ぐらい続けているそうです。
 
それから、毎週月曜と木曜の9時半になると、あの元気な声が聞こえたら、まだ出かける支度の途中でも、洗濯物を干している途中でも、メールチェックしている途中でも、玄関を開けて、洗濯物を受け渡しながら、ほんの少し雑談もします。最初は、とても面倒でした。
自分の自由が乱されるし、やっていることが中断されるからです。
それでも、来る週も来る週も、時計のようにおじさんがやってきます。「今日は雪で寒いよ。」とか、玄関に置いてある子ども靴をみて「うちの娘が保育園に勤めてるよ」とか、時間に余裕があるときに、少しおじさんとの会話も増えてきました。おじさんがクリーニング屋だけではなく、その生活も見える近所のおじさんのように感じるようになりました。
 
ある日、朝起きても気持ちがとても落ち込んでいました。昨日仕事でのトラブルに引きずられ、「こうすればよかった、ああすればよかった」と頭の中でいろいろな考えがぐるぐる回ってとまりません。今日やらなきゃいけないこともなかなか手を付けられず、部屋の中でうろうろしていました。そんな時に、「ピーンポーン、クリーニング屋です~」おじさんの声が聞こえました。「はぁ…」と重い腰を上げて、玄関までゆっくりいきました。
ドアを開けたら、春の風が一気に吹き込んできて、開いたドアからお庭が見えて、木の新芽が出て、朝の光の下でキラキラと新緑が揺れていました。辞書に書いたような小春日和でした。
 
おじさんはいつもと変わらない笑顔で、「今日はいいお天気ですね!」と元気にあいさつしてくれました。それにつられて、「おはようございます。」と私も挨拶しました。
「今日は風が気持ちいいですよ。はい、お預かりしますね、よろしくお願いします~」といつものようなたわいもない会話をして、おじさんが車に戻っていきました。
 
ドアを閉めたとき、玄関の鏡に映っている私の顔が、なぜか、笑顔でした。そして、気持ちもスーと軽くなりました。順調な時でも、失敗のときでも、私は一人で生きているわけでない。何気ない日常も、どんなに小さなことでも人の手を介して、誰かの努力によって支えられているんだなとそんな当たり前のことに気がついて、思いつめていた気持ちが急に楽になりました。
 
共働きの我が家では、おじさんが来る時間にいないことも多いです。そんな時、電話をもらって、夕方帰宅した後にもう一回来てくれたり、お隣さんに洗濯物を預けていたりして、我が家のライフスタイルに合わせて柔軟に対応してくれています。
 
好きな時間で好きなだけという「自由」はないかもしれませんが、しかしその代わりに、支えられている、人々と共に生きているという実感を手に入れました。
 
日本はとても先進的で、効率的で、便利な社会です。自動販売機をはじめ、無人ランドリー、自動会計、街や駅の至るところにある張り紙、分厚い顧客対応のマニュアルがどんどん増えています。人の手を煩わさない、誰にも頼らずに、自分で生活に必要なことができる。
確かにそれは便利で、効率もいいかもしれません。ただし、人間の暮らしは効率の追求ではありません。便利性、効率性が進む中で、人と人が直接かかわる接点がどんどん断たされていきます。本来必ず交差するはずの個々人の暮らしが、互いに平行線のように個別に進んでいき、自分の力で暮らしているという錯覚がどんどん膨らんでしまいます。
機械に比べたら人間とのやり取りは不安定で、間違いもするし、手間がかかって面倒です。しかし、そういうことも含めて人間同士が共に暮らす社会だから、付き合っていけば、きっと自動販売機にはない温かみや生活の手応えをかみしめることができます。

 
 
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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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