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メディアグランプリ

泥棒はおくりびと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:縞隈 千代子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「はい! こちら警察です! どうしましたか!?」
そのとき、わたしは壁に寄りかかって立ったまま電話していた。
呼吸は浅く、真冬だというのにのどがカラカラになっていた。
 
今から考えれば、座って電話してもよかった。だが、いままでに経験のないことに出会ってしまい、座る判断ができなかったのだ。
 
……
希望通りの転職をしたわたしは、連日遅くまで仕事をするのが当たり前だった。帰りは最終電車に飛び乗るか、タクシーか。そんな毎日だったので、一人暮らしの部屋には服を着替えに帰っているようなもの。
 
洗濯もろくにできず、自炊も、掃除もめったできない、しごとでいっぱいいっぱいな生活。女の子のおしゃれ部屋なんていうものからはかけ離れていたが、それでもよかった。わたしにとっての理想は、「他の人の力を借りず、自分でつかみ取る」という感覚を感じること。だから、目標を達成したら目当てのブランドのジュエリーを買う。そんな物質的な達成感を得ることを、仕事のモチベーションにしていた。
 
そんなある日のこと。朝も部屋をろくに片付けず、遮光カーテンは半分だけ開けて会社に出社。夜は、終電もなくタクシーでうとうととしながら運ばれ、重い体を引きずって部屋の前に到着。
「また明日もタクシーかなぁ。早く寝よう」とぶつぶついいながら、鍵を玄関のドアノブに入れようとした。
 
あれ? はいらない。
 
カギがなんでハイラナイ?
 
うとうととしていた意識が急にはっきりしはじめた。
 
「あたし、カギ閉め忘れてたっけ?」と思いながら、ドアノブを開ける。すると、目の前に広がったのは、見慣れたはずの部屋なのに、いつもと違う部屋。あかあかとついた電気。開けっ放しのトイレのドア、ぐちゃぐちゃになった本棚。かごから出された洗濯物たち。そして、バタバタとはためく遮光カーテン。窓ガラスがあいていたのではない。割られていたのだ。
 
人生初の空き巣だった。
 
急に心臓がドキドキしはじめた。「ど、どうしよう。泥棒は近くにいる? カギしめたほうがいい?」なにをすべきかよくわからないまま、震える手で携帯電話の110を押した。
 
「どうされましたか」「ご住所はどちらですか」「いまはひとりですか」
単なる事務手続きの電話だったが、それでも人と話していることでだいぶ落ちつきを取り戻した。でも、電話切った後にあるのは、カーテンがはためくだけの元の静かな部屋。この静かさはこわかった。とにかくこわかった。ひとりでいることがこわいとはじめて思った。だれか人の声が聞きたかった。
 
普段は相手のことを考えて電話よりもメールやショートメッセージを好むが、このときばかりは自分の気持が最優先。わたしは再び携帯電話で番号を押した。「もしもし。ごめんね、夜中に。いま空き巣にはいられちゃって。警察は呼んだんだけど、来るまでちょっと電話いいかな」相手は「え?」とびっくりしながらも、わたしの電話につきあってくれた。
 
その電話も5分と経たないときに、聞こえて来たのはパトカーの音。こんなにパトカーが待ち遠しいことはなかった。わたしは電話の相手に礼をいって、電話を切り、警官を迎えた。
 
刑事と鑑識がきた途端、盗まれたものの確認、現場検証と、家の中がみるみるドラマの世界になっていく。なくなったものは、わたしが自分の戦利品として買いためていたジュエリーのコレクション。その2週間前に、ある提案コンペに勝ったことを記念して買ったものもはいっていた。総額120万円強。
 
そして繰り返される質問。「洗濯物がらんざつなのはいつもですか?」「本棚はいつもこんな感じですか?」「このカップラーメンの食べ残しはあなたのですか?」
空き巣がやったことも、普段の自分のだらしなさも、みるみるあきらかになっていく。
 
「遮光カーテンはたまたま今日半分だけ閉めていました」と答えたとき、刑事の顔が残念そうな表情にかわった。「カーテン半分って一番危ないんですよ。中に人がいないことは確認できるし、泥棒が入ったことはカーテンで隠れちゃうし」この言葉を聞くまでは泥棒を恨んでいたが、このときにわたしは自分をうらんだ。泥棒を招いてしまったのは自分だ。自分の身の丈以上のいそがしさにかまけて、自分の身の回りのことをできなかったから、こうなったのだ、と。
 
だいぶ実況見分がすすんだところ、警官から「あの、ちょっと、ひとが」と声をかけられた。玄関を見ると、先程電話をかけた相手が立っていた。
 
「ちょっと心配で。きちゃったよ」
 
いつもなら安心でホッとできる自分の部屋が荒らされ、見知らぬ人に囲まれていたわたしは相当心がはりつめていたのだろう。その人の顔を見た瞬間、わたしは床にへなへなと座り込んでしまい、となりにいた警官に「だ、大丈夫ですか!」と心配された。警官たちが帰った後、来てくれた人は朝まで電気をつけたまま、眠れないわたしと一晩すごしてくれた。わたしがお願いをしなくてもだ。
 
自分のことを心配し、助けてくれる人たちがいる。この安心がなによりも価値あるものだ、と身をもって知った夜だった。
 
その後。盗まれたもののほとんどは保険金として返ってきた。だが、わたしはブランドジュエリーを買うことをやめた。「また泥棒に入られたら」いう気持ちよりも、「自分自身でできるのはどこまでか」という冷静な判断が物欲をなくさせていった。同時に、「できないことは人におねがいをする」ことが徐々にできるようになった。
 
泥棒はたしかに金銭的なものを盗んだ。ルパン三世だったら、こころを盗んだというのだろう。
だが、わたしは泥棒にはこころを盗まれていない。そのかわり、泥棒は、肩肘をはって、野心まんまんなオンナをみおくった。まるで、「もういいんじゃない、自分の身の丈以上の物欲にかられなくて」というかのように。
 
それから10年。部屋には高価なものはない。そして、そのときに家にかけつけてくれたひとは、今は夫となってわたしを助けてくれている。

***

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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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