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メディアグランプリ

一度、0になったから「家族」について考えた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:三木智有(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「どうか、今回分の支払い、先払いにしてもらえませんか」
強面の親方が、息子ほどの年齢の僕に頭を下げる。支払いを求めている金額は60万円。
これを支払えば僕の貯金は残り5万円。このままでは来月の家賃の支払いもできない。
 
 
2008年。リーマンショック。
普段あまりTVも新聞も見ていなかった僕は、風のうわさで「ヤバイことになっているらしいぞ」としか聞いていなかった。
 
「アメリカの投資会社が倒産したからって、こんな自営業の弱小内装屋の俺には何の関係もないですよ」
「でも、うちらが入ってる現場のデベロッパーも危ないって噂だぜ」
「そうは言っても、デベから直接仕事受けてるわけじゃないし。でも、仕事が減るのは嫌だなあ」
 
当時一人親方で内装屋を営んでいたうちは、僕とアルバイト3人の小さな業者だった。新築マンションの内装オプションで、カーテンや手すり、ピクチャーレールなどを受注して取り付けをしていた。
マンションの建主であるデベロッパーから直接依頼を受けることなどはなく、間に1つか2つ中間業者が入って依頼を受ける末端業者だ。
 
だからリーマンショックのニュースに対しても「仕事が減るのは嫌だなあ」程度のふわふわとした危機感しか抱いていなかった。
 
 
そのふわふわとした危機感を揺るがしたのが、いくつもの現場で入っている大手デベロッパー倒産のニュースだった。
 
 
何の気なしにつけていたTVから突如流れたそのニュースは、文字通り僕をショックにおとしいれた。
 
翌日以降、僕の身の回りに起こった出来事は、いまでも信じることができない。常識的な社会人としてはありえないようなことばかりが次々と起こったのだ。
 
施工中だったマンションの現場に行っても、そこには誰もいなかった。
いつもは職人達であふれかえり、電動工具のバラバラという音が鳴り響いている現場は、この日は完全に静まり返っていた。
人がいない、というだけでこの巨大マンションはなぜか神聖な聖域のような雰囲気をかもし出していた。僕は現場の前を2、3度うろうろしたあげく、少し離れた所で誰か人が来るのを待ち続けた。
 
2時間待った。
 
現場の入り口に突っ立っていると、近隣住人からクレームを受けることがある。だから、僕たち業者は現場から少し離れた所で待機するように徹底的にしつけられている。
こんな状況でも、僕は律儀に現場の向かい側の道路から、誰か人が来るのをじっと待ち続けた。
 
見たことのない職人風の人が、僕と同じように現場の入り口前を2、3度うろうろしてすぐに立ち去っていった。何人目かが同じように立ち去ったのを見届けた後、僕も諦めて立ち去った。
 
その日を堺にびっしり埋まっていたスケジュールはどんどん空白になり、「後で詳細が分かり次第ご連絡しますね」と電話を切った取引先の営業と、電話が繋がることは二度となかった。こちらからの電話が誰とも繋がらない反面、下請け業者からの電話はひっきりなしにかかってきた。
電話は全て「支払いの確認」だ。
「予定通り支払ってもらえるのか」「いつ支払えるのか」「先に支払いをしてもらえないだろうか」
 
だけど、誰も僕に「うちは予定通り支払えるから安心してください」とは電話してきてくれなかった。
 
世にも奇妙な物語の世界に迷い込んでしまったかのように、現実が現実味を失い、でも支払いを求めに来る親方の顔や声だけは細部にわたりリアルだった。
 
 
「うちで雇ってる奴には家族がいる奴らもいるんです。子どもが生まれたばっかりだって奴だっているんです」僕の親父くらいの歳の親方が、必死で頭を下げてくる。家族や子どもがいる人達もいるそうだ。
当時まだ20代で結婚の予定すらなかった僕には、守るべき家族はまだなかった。
 
だから、と言うわけじゃないが「家族がいる人達の方が大変だろう」と自分に言い聞かせて全ての支払を先払いで済ませようとした。
 
 
最後の60万円を支払えば、僕にはもう5万円しか残らない。
家賃も払えない。水道もガスも止まってしまう。
 
「今日中に支払いしておきますね」
 
僕にはもう、未来のリスクを計算する気力は残っていなかった。
 
こうして僕は、晴れて0になった。
 
運が、よかったのだと思う。0にはなったが、マイナスにはならなかった。
デベロッパー関係ではない取引先や直接のお客様からの支払いは予定通りに振り込まれたのだ。
 
なんとか次の0までに猶予ができた僕は、派遣のバイトをしながら再起をはかることにした。
少しずつ仕事も回復し、新しい取引先も増えてきた。だけど、僕の中に独立当初のような仕事に対しての熱い気持ちはもう見当たらなくなっていた。
 
ただ「家族」という言葉だけがいつまでも頭の中に残り続けた。
「家族」がいないからって生活をないがしろにされていいわけじゃない。
だけど「家族を守るため」って言葉を出させてしまう、その「家族」っていったいどんな存在なんだろう。
 
僕はもともと、住まい手にとって住心地のいい家を創りたくてこの仕事を始めたんじゃなかっただろうか。
いつから、仕事とお金の関係がただのトレード関係になってしまったのだろう。
 
そんな疑問をなんとなく抱えたまま、僕も結婚をして家族を持つことになった。
 
妻は仕事とお金の関係がただのトレード関係ではない働き方をしていた。
妻は自分の想いを叶えるために仕事をしていた。
そして妻は、僕の悩みを聞いて「自分の夢があるのなら、いまの仕事なんかやめて新しく全力でチャレンジすればいい」と僕の背中を思いっきり突き飛ばした。
 
そして、はじめてわかった。
僕にとって家族とは「守る」存在ではなくて「支え合う」存在なのだと。
 
僕が創りたい家は、一本の大黒柱が必死に支える家ではなく、いくつもの大黒柱で支え合っている家だったのだと。
 
結婚をして8年。
新しい事業をはじめて8年。
いまも変わらずに、この想いを抱きながら事業を続けている。家族の支えを得ながら。
***

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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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