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きっと戻ってくるからね この座席だけには


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山田THX将治(天狼院・書塾)

 
 
「全く地元愛ってぇものを持ち合せていない薄情者だな! お前ぇって奴はよう!!」
この夏に、生涯初めて“地元”の東京下町を離れる私に、同じ地元の旧友は‘侮蔑’の視線を送りながらこう言って来た。
どうやらその友人から見ると私は、二度と下町にはやって来ない様に見えたらしい。そういえば、中学に進級した時に地元の公立中学に進学しなかった私が、その後も下町に住み続けていること自体が不思議だったとも思ったらしい。その時既に、私が別世界に行ってしまったと思ったらしい。
 
日本人には何故か、童謡『ふるさと』に代表される様に生まれ育った‘地’は、郷愁と自然に溢れていて、毎年帰省し結局のところは“誇り”に思う‘良い場所’というのが定番化しているみたいだ。
ところが、私が生まれ育った東京の下町は、浅草や神田といった‘下町の両横綱’には遠く及ばない、昔は‘貧民窟’に分類されていた地域だ。台風は勿論、ちょっとした大雨が有ると直ぐに運河が氾濫し、瞬く間に辺り一面の洪水と化す、“海抜0m地帯”と蔑まれは場所だ。
また、夏になると家の窓が開けられない程空気が悪かった。今の北京と同じ様なものだといえば、解って頂き易いだろう。実際、夏の下町の空は、‘真っ青’なんかでは無く黄色みが掛かっていた。公害対策の概念が無い工場が、平気で街中に混在していたからだ。
“誇り”に思おうとしても、出来っこない故郷だった。残念ながら。下町に地元愛を感じられなかった。
 
12歳の時から、‘山の手’出身の同級生達と机を並べるに至り、私の下町(出身地)嫌いは、“恥ずかしさ”となって来た。何故なら、眼鏡を掛けた同級生が圧倒的に増えたのだ。小学生の時は、眼鏡を使用していた同級生は学年を通しても一人位しか居らず、‘眼鏡は大人に成ったら掛けるもの’位に考えていた。人口は当時から多かったので、地元の商店街に‘眼鏡屋’さんは有ったが、たった一軒在っただけだった。しかも住人の多くは、例え近眼であっても子供に高価な眼鏡を買い与える経済的余裕が無かった。そしてまた、子供は子供で中卒や高卒で働くものと考えて居り、進学する為に夜遅く迄勉強し、近眼になる者も少なかった。
 
そんな下町でも、時代が移ると共に少しづつ‘文化的’な生活を送る者が移り住んで来た。意外と都心に近いせいだ。街中に在った工場も、人口増加と共に別の工業地帯に移っていった。交通アクセスも良くなってきた。
海際には、以前巨大が工場が在った所に次々と‘タワー・マンション’が建ち始めた。日本でも有数の造船所跡には、大きなショッピングモールと併設される“U”という有名なシネコンも出来た。
映画好きな私は、近くて便利なこのシネコンに足繁く通っていた。ただ近かったからよく行っていたのではない。ここの座席が、大層気に入っていたからだ。私は今迄に、多くの映画館に行って来たがこのシネコンで初めて、座面を倒す必要の無い座席に出会ったからだ。
通常、映画館や劇場の座席は、腰掛ける時に座面を倒さなければならない。しかし、このシネコンの座席は、飛行機や新幹線と同じく始めから座面が倒れており、そのまま座ることが出来る座席なのだ。
座面を倒さずに済むということは、映画が始まってから同じ列の席に座る観客や、エンドロールの最中に座席から立ち上がる者がいても、座面の“倒起”で起こる衝撃が、同列の私に伝わることが無いのだ。また反対に、もし自分が上映中に座面を倒さなければならない状況になっても、衝撃を他の観客に及ぼさない様に気にする必要が無いので安心だった。ストレスが無く、とても快適だった。
そんな訳で、多分私は今後もこの出身地にあるシネコンに来ることになるだろう。
 
60年近く住み続けて、結局は愛着を持つことが出来なかった出身地だった。
でも、新しく出来たものでは有るが、シネコン“U”にだけは後ろ髪を引かれる感触が残った。
 
間違いなく、あの座席にだけは何度も戻ってくることだろう。

 
 
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2018-07-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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