メディアグランプリ

ひらめきは羽化である


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記事:弘中孝宜(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「だいたいね、みんな大学院卒業してから自分が何を研究してたか気づくんよ。そういうもん」
同級生が卒業して、新しい修士1年の学生が入ってきた。私の席がなくなった研究室で、2年も前にY先生に言われた言葉を思い出す。言われたときは、そういうものか、と聞き流していた。
 
大学院を卒業した夏になっても、論文と格闘する日々は続いていた。新卒で働き始めたのは小さな建築構造設計事務所で、人手が足りず、常に案件がいっぱいだった。月曜日から土曜日まで、朝10時から朝の2時までが暗黙の定時で、土曜日だけはすこし早く仕事を切り上げ、終電で、横浜のはずれにある大学院に向かい、日曜日、丸一日、研究室で論文を書く。
正確に言うと、論文を書いているのではなく、パソコンに向かっていた。
何を書いたらいいのかわかっていなかった。何か文字を書いたとして、それが論文のどこに収まるのか、わからなかった。あまりに考えがまとまらないものだから、どうやったら自分がやっていたことに気づけるのか? なんて、記憶喪失した人みたいな質問を、1か月程考えてみたが、答えにたどり着くことはなかった。気を取り直し、自分の研究テーマの関連論文を読み漁る。しかし、他人の論文を読むことが、自分の論文にどう役に立つのか、わからない。
こんなはずじゃなかった。
 
「論文書いて、ジャーナルに投稿しよっか」3月に修士課程を終えた後、W教授の勧めもあってジャーナルに載せる論文を書こうとした。最初は、修士論文を切り貼りするだけだと思っていたのに、実際に切り貼りしてみたら、論理がめちゃくちゃだった。大学院の2年間、自分が何を研究していたか、まだ気づいていなかったのだ。
実は、修士課程に在籍していた時から、薄々気づいていた。
ハードワークには2種類ある。一つは、単にこなせないほど仕事が多いから長時間仕事するパターン。もう一つは、目的も、方向性も見えない中で、なんとかまっすぐ進もうとあがくパターン。私の場合は完全に後者だった。研究室に泊まり込んで研究しているのに、なかなか成果が出ない。W教授は、多彩な先生で、在籍する学生達は異なるジャンルの研究をしていた。だから、相談する先輩もいない。着々と研究を進める同級生を横目に、2か月毎の実験に向けてひたすら準備を進める日々。準備のために一生懸命手を動かしているが、ゴールが見えていないので、何をするにもいちいち考えがブレた。そのころから、研究の出発点が見えていなかった。
 
卒業して8か月がたち、一年後輩の学生達が、修士論文を書き始める11月。ある日曜日の朝4時過ぎ、横浜のはずれにある大学院の建物には、ちらほら電気がついていた。肌寒くなってきたというのに、研究室はパソコンの熱気と埃で空気が淀んでいる。その日も、キーボードに手をのせたまま、何かを考えながらうとうとしていた。
 
眠りに落ちようとするとき、頭の中で、何か、はじけた。
 
一瞬で論文の構成が頭の中で出来上がっていた。研究の意義と、結論、結論をサポートする根拠のすべて。私は、突然それまでと別人になっていた。これをアハ体験と、ひとは言うのだろう。鮮明なアイデアが消えないうちに一気に論文を書いた。気づいたら、月曜日の朝になっていた。ひらめきの瞬間の興奮で、二日徹夜したのに、目は冴えていた。興奮は1週間、収まらなかった。
あの瞬間、さなぎから蝶になるように、私は羽化したのだ。
昨日の私と、今日の私では、中身が変わってしまった。あまりに論文のアイデアが明瞭すぎて、一年以上自分が何を考えあぐねていたのか、わからなくなっていた。木の表面に張り付くことしかできない蝶の幼虫の視点を、空間を飛び回る蝶が思い出せないのと同じように。
 
それから数年、ひらめきの興奮をもう一度再現したくて仕事をするようになった。ずいぶんと心もとない手がかりだったが、幸いにも、何度かひらめきが降りてきて、それなりに成果も出した。何度か繰り返す内、ひらめきを起こす当たりをつけられるようにもなった。
想像的な仕事は、単純作業とかけ離れている。私の場合、時間をかけた分だけ、成果が得られるのではなく、ある瞬間、散らばったパズルのピースを一気に組み上げるように、ほとんど完全に近いひらめきがいきなり訪れる。それまでは、忍耐強さが要求される。表面上なにも起きていないように見えて、中では羽化に向けた変異が起きているのだと信じて、ひらめく自分を、待ち続けるしかないのだ。
私は恵まれていた。教授はテーマと研究費を私にまかせ、私が何か報告するまで何も言わず待ち続けた。卒業後もずっとそうだった。私は、自分が何をしているのかさえ分からないまま手探りを続け、1年以上、自分を待ち続けた。そしてさなぎの殻を破った。
何か引っかかるとき、いくら考えてもわからない時、頭の中で疑問を抱え、私はあがきながら待ち続ける。将来の自分が、その疑問を解決してくれると信じているから。

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2018-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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