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メディアグランプリ

ことばにしないと、伝わらないのだ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中川文香(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「では、以前の診察時の痛みが10だとしたら、1から10でいくと、どのくらい痛いですか?」
「うーん、そうですね……前よりは良くなった気がするから、2かな?」
「そうですか。だいぶ良いみたいですね。ではお薬、そのまま続けましょうか」
そう言って、看護師さんは持ってきた紙の切れ端に”10→2””薬継続”というような文字を書き付けてさっと立ち上がった。
「診察、あと少しですので、もうしばらくお待ち下さい」
私は再び、待合室で暇つぶしに本を読み始めた。
 
ここ二年くらい、右半身の神経痛に悩まされてきた。
と言うものの、生活に著しく支障をきたすようなものではなく、座っていると腰が痛いとか、おしりのあたりがたまに痺れる感じがするとか、長時間歩くと足が痺れるとか、そんなようなもの。
まあ、我慢すればなんとかやっていけるけれど、痛みの程度がひどいときと比較的軽いときとがあり、ひどいときは気持ちの方が一緒にやられて非常に良くない。
心と体はつながっているのだなぁとつくづく思う。
 
そんなわけで、色々と検査をしてもらったけれど明確な原因は分からず、ひとまず痛みの緩和をしましょう、とのことで処方された薬が効いているようだ。
看護師さんの問いかけに「まぁ、10段階でいうと2くらいかな」と思えるくらいは、薬のおかげで良くなっている。
 
この、”10段階で言うと、どのくらいの痛みですか?”は、分かりやすくていいな、と本を開いたままの頭で考えた。
もちろん、人によって10の時の痛みと1の時の痛みは違う。
私にとっての10の痛みと同じものをある人に与えてみると2かもしれないし、15くらいの人もいるかもしれない。
私が痛みの程度を伝えた看護師さんにとっての2は、私の思っている2とは全く違うかもしれない。
けれど、ここではおそらく、患者さん(私だ)がどのくらいその痛みを苦しいと思っているのかを聞いているのであって、痛みそのものを平均的に数値化したいわけでは無いのだろうな、と思った。
患者さん(しつこいけれど私)の痛みを、日常生活で苦痛に感じないようにするためには、どのくらいの薬の量が適正かを測りたいのだ。
“痛み”という感覚は、人によって違うようにとらえられ、はかれない。
人の数だけ痛みの感じ方はあって、その人が感じている痛みを、違う人が同じように感じることは決してない。
けれど、”10段階でどのくらい痛いのか”と表現することによって、苦痛に感じる度合いが分かるのだ、と考えた。
 
“感情”も”痛み”と同じだ。
もっとも、”痛み”を感じるのが”感情”だろうから、含まれる、と言ったほうが正しいのかもしれないけれど。
 
「こう思った」
「こんなふうに感じた」
ということは、言葉に出してみなければ、誰にも伝わらない。
同じ痛みを与えても、人によって捉え方が違うように、同じ現象を見て受ける感情も、人によって全く違う。
 
水族館の魚を見て、
「涼しそうできれいだなぁ。いいなぁ」
とわくわくする人もいれば、
「美味しそうだなぁ……夕飯魚にしようかなぁ……」
とごはんに思いを馳せる人もいるだろうし、
「こんな窮屈な水槽に閉じ込めて、かわいそう」
と悲しくなる人もいるかもしれない。
 
水族館の例は日常と離れてしまっているけれど、こういった”受け取った感情の違い”によるすれ違いは、きっと毎日いたるところで起きているはずだ。
「もっとこうして欲しい」
「こんな風にされると嫌だ」
という言い方をしてしまうと、相手に押し付ける度合いが高くなってしまうけれど、
「私はこんな風に感じた」
「私はこうとらえた」
という”きもち”を表す言葉はどんどん使っていったほうが良いのではないか?
そう思う。
 
あなたが、それを見て、何を思い、何を感じたのか。
あなたの身近な人はきっと知りたいと思う。
あなたの目で見て、聞いて、感じ取った世界を、きっと分かりたいのではないかと思う。
 
考えたこと、思ったことは、声に出してみないと伝わらない。
声に出してみたところで、100%自分の感じたとおりに相手に伝わるわけではない。
痛みの感じ方のように同じ「嬉しい」「悲しい」「楽しい」の言葉でも、人によって重さは違うから。
100%自分と同じように感じられるわけではないけれど、自分のきもちを相手に伝えようと努力することが大切なのではないか。
繰り返し繰り返し、自分のきもちを言葉にのせて伝えることで、きもちを伝えるための言葉が磨かれ、きっとだんだんと自分の表現したいきもちに近くなっていく。
感情を伝える訓練を毎日していくと、ことばがだんだんときもちに寄り添ってくる。
そうやって鍛えていくのが、コミュニケーションというものなのではないのかなぁ。
 
そんなことを、病院の待合室の硬い椅子の上で「腰が痛いなぁ」と思いながらぼんやり考えた。

***

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2018-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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