無口な猫が最後にのこした答えにできない命の問題
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記事:ネコテラス(ライティング・ゼミ日曜コース)
いつもどうりの日常のはずだった。
家に帰ってカバンを置いて、外に遊びに行くか、家でTVゲームで遊ぶか。中学3年生で受験の焦りもまだなかった僕には、学校が終われば何をして遊ぶか以外考えることはない。でもその日は違った。
玄関を開けると母の泣き声が聞こえてくる。何があったのかと思いリビングに入ると、母が正座になり、その膝の上で猫が丸くなっている。よく見るいつもの姿だ。母が僕に気づいて言った。
「まにあわなかったねー、もう少しだったのにね」泣きながら言うその言葉は、僕に向かって言ったのか、猫に向かって言ったのかわからなかった。
その言葉で、全てを察した。飼い猫のチャコが亡くなったんだと。母の膝の上に乗るチャコに駆け寄り触れると、まだほのかにあたたかみがあり、死特有のかたさがない。母の言葉のとおり、僕が帰ってくる直前まで生きていたのだろう。
家が動物禁止のアパートにもかかわらず、母の友人が外国で購入して日本に連れ帰り、管理人にバレて、家にもらわれてやってきたチャコ。
全身灰色一色で、うっすらとシマシマ模様がある気品のあるネコ。折れ曲がった耳が特徴のスコティッシュホールドという猫種。小さい頃はしっかり耳は折れ曲がっていたが、どういわけか大きくなったらその成長と比例して、耳まで立ち上がった。スコティッシュホールドらしさはなくなり、気品のある普通の灰色の猫になった。
「詐欺にあったのかな」よく母がつぶやいていたのを思い出す。
チャコは亡くなったからといって、力なく耳が垂れることもなく、母の膝の上で丸くなる姿は生前と全く同じ姿で、亡くなったように見えなかった。
チャコとは僕が5歳の時から付き合い。人と遊ぶより、猫と遊ぶ方が好きだった僕にとっては、猫というより友人といった方がいいのかもしれない。チャコとの思い出が湧き水のようにどんどん思い出される。思い出とともに悲しみもあふれ出し、いつでも泣く準備ができていた。
その悲しみは、母の一言で消えてしまった。
「ネコテラスは、チャコを無理に延命させてよかったと思う?」母は涙を止めずに言った。
チャコの延命は正しかったのかと考えだしたら、僕の悲しみはどこかに飛んでしまった。正確には思考の順番が入れ替わったのだろう。考えが終わればまた悲しみが戻ってくる。
チャコは不治の病におかされていた。動物病院では、苦しまないように安楽死も勧められている。母は安楽死に反対した。自然死を望んだというわけでもない。保険が適用できないため、一本数十万円もする注射をして延命をしていたのだ。しかも何本も。
僕は、チャコの正確な病気について知らされていなかったので、注射をすることによってどんな効果があるかわからない。延命できる注射を魔法の注射のように思っていた。
「もう行かせてやれよ」父がそんなことを言っていたのを覚えている。それでも母は注射をやめなかった。
チャコは、安楽死を勧められてから1ヶ月は生きた。注射に効果はあったのだろう。
母の膝の上で最後を迎えたチャコは、良い亡くなり方をしたと思う。でも、延命している間、堪え難い苦しみの中にいたのかもしれない。
安楽死させて苦しみから解放してやるのも、選択肢の一つとして正しかったような気もする。
もしくは、注射なしで自然死を迎えさせてやる。
チャコが選んでくれればと思った。かなしいことだが、猫語はわからない。長年つれそっていると言葉がわかるようになると聞くが、仮にわかってもチャコは答えないだろう。チャコは無口で、喧嘩と、餌の要求以外、ほとんど鳴かないからだ。
母の質問に答えを返せなかった僕は、そのまま最愛のチャコの死に涙一つ流すことはなかった。チャコの死からだいぶたつが、いまだに正しい答えはわからない。
でも、いつか答えがわかる時がくるような気がする。
突発的な事故や、災害、病気などにあわない限り、ある程度の年齢まで生きるだろう。生きている間に、親、友人、近親者、動物、様々な死を見ることになる。
たくさんの死をみて、チャコと同じように、答えのできない命の選択を選ぶ時がくるかもしれない。
そして、最後に自分の番がまわってくる。たくさんの死の経験を元に、考えて考えて、自分らしい終わり方を選ぶ時が。
それは何度も実験して、失敗を繰り返して、最後の最後に、ひらめいて大きな成果をあげる大発明のようなものかもしれない。
自分らしい終わり方を選ぶ時が来た時に、はじめてチャコがどうしたかったかがわかる気がする。
だれかの命のために考えたことが、自分らしい終わり方を選ぶ時に、きっと必要になるのだろう。
僕は涙一つ流さずチャコを撫でると、無口でもう鳴くこともないはずのチャコがこう言った気がした。
「僕はこう生きたよ。君はどう生きるの?」
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