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メディアグランプリ

匂いは過去へのタイムマシーン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:北村涼子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
妊娠した時、強烈に鼻が利くようになった。
もともと匂いに敏感なたちではあったけれど、妊娠中はさらにいろんな匂いが気になるようになった。
つわりの一種の何々の匂いをかいだら「オエッ」となる、というようなものでもなく、妊娠したことをきっかけに全ての匂いが鼻についた。
 
何よりも苦痛だったのは「主人の匂い」
それはそれは臭くて、主人の全てにおいて受け付けられない状態に陥った。
加齢臭なのか、なんなのか、突然私に襲ってきた。
そこに酒を飲んだ主人が帰宅した時にはもう本気で「臭い!」と怒ったくらいだ。
かわいそうな主人。
 
匂いの記憶というものはすごい。
ふと日常でかいだ匂いについても「あ、この感じ、この香り、あー、思い出す!」となる。
先日、どこかで感じた匂い、「あ、これ、ししとう焼いてる匂い!」と。
感じたその瞬間に、今から30年以上前の幼い頃に記憶していたことが頭の中を駆け巡る。
夏の暑い夕方に母がよくししとうを網で焼き、かつお節をパラパラとかけて父に出していた。
父がビール瓶片手にそのししとうをつまみながら阪神戦をテレビで観戦している。
そんな昭和な記憶がスコーンと頭に降りてくる。
懐かしい……とひとりで感慨にふける。
 
ひとつ厄介な匂いの記憶、というものが私にはある。
それも今から30年近く昔の話。
当時中学3年生の私はなにがどうしたのか担任の先生に恋をしていた。
先生は28歳で15の私からすると憧れの窮地、「大人の男性」。
もうドキドキがやまない。
そんな先生はクラスのヤンチャなやつらの対応にいつも必死になっていて、それ以外の生徒にはまぁまぁの手抜きさで、そういうところにちょっと嫉妬を感じつつ私の恋心がどんどん増していった。
もちろん、想いなんて伝えることもできず、伝える勇気もなく、私ひとりで恋心をこっそりひっそり大切に温めていた。
そんなほのかな恋心を抱いたまま卒業した私は、卒業後になぜか先生のデート現場に遭遇する。
大人な女性と歩いて映画館に入る先生を目撃して追いかける。
ドキドキ、あぁ、おもいっきり青春。
彼女が「大人な女性」ということをしっかりこの目で確認して、身も心もスプラッタ。
実るはずのないこの恋心はここで終了。
 
そんな憧れの先生がいつも身にまとっていた「匂い」がある。
なんだろ、この匂い。「先生の匂い」という形になって脳に沁みつけられたのか、しっかり記憶に残っている。
 
そして大人になってからその匂いの正体が判明する。
なぜそれが判明したのか。
 
卒業後、数年経った頃から先生を思い出す瞬間が日常の中で頻繁にあった。
突然、中学時代の記憶がばーっと私の頭をよぎってぽんっと先生が蘇ってくる。
なぜ? なんで今そんな記憶が蘇るんだろう、と考える。
そこで気付く。中学時代の記憶が巡って先生を思い出す時には必ずある匂いがする。
そう、「先生の匂い」
当時、ただただ「先生の匂い」と思っていたものなのに、先生がいない場所で感じられる。
 
ある時、知り合いが「先生の匂い」を発していた。
なんで?! なんであんたから先生が出てくるの?! どういうこと?!
と、匂いの原因を探ってみた。ようやく行き着いた。
ブランドの香水。あそこのブランド、あの品名。
「なんや、あの先生、中坊を前に香水ふっとんたんかい」
と思った。でもその匂いが「先生の匂い」で沁みついている事実は否めない。
 
しかし、これがまた厄介で、成就しなかった私の恋心がその匂いをもととしてドバーっと再現されてくる。
その匂いを発しているひとに特別な感情を持ちそうになる。
初めて会った、ただただお話ししているだけの相手に「あれ? 私、このひとのこと好きかも?」とびっくりするような錯覚が起こる。
それならまだマシ。同じ匂いを発しながら、ふっと通りかかった人まで目で追ってしまう。
 
先生と同じ香水をつけているだけで。
想いを伝えることもなく砕け散った恋心の断片がこの匂いと共に集まりだす。
 
恋が砕けてから10年ほどその匂いに惑わされた。
この匂いを発している男性に勘違いや思い過ごしの恋も危うくしそうになった。
恐ろしいこの匂いの記憶。
さらに往生際の悪い失恋の記憶。
ただ、ここまでくると先生に恋をしていたのか、先生のこの匂いに恋をしていたのか、全くわからなくなっていた。
自分でこの先生の香水を付けていればいつもドキドキできて楽しいんじゃないかしら、とまで思った。
でも、それは違う。
懐かしい匂いを感じて、心が中学生時代に戻り、幼い頃の恋心を思い出すから楽しくドキドキするんだろう。
そう思いたい。
その証拠に主人は「先生の匂い」を発していなかったけれど、私は主人に恋して結婚した。
妊娠してからはさらに鼻が利く私に彼は辟易している。
辟易しながらも匂い対処に一生懸命に取り組み、今は私の鼻をもってしても間違っても「臭い」なんて言わさないほど改善された。
香水を使わずに。
今も同じ匂いを感じるとやっぱり思い出す、先生ではなく中学時代の淡い恋心を。

 
 
***

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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