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メディアグランプリ

夏とこわい話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
思い過ごしかもしれない。
ホールからの帰り、徐々に上がる歩む速度は正直だ。
日は沈んだといえど、まだ夏も真っ盛り。
シフォンブラウスの中でじっとりかく汗が不快でたまらなかった。
でも、そんなことより、もっと。
「はやく帰らなきゃ」
友人たちと別れてから、ずっとついてくる得体の知れない『コレ』から逃げたくて。
絶対に後ろは振り返らないと心に決めながら、もつれそうな足で家路を急ぐのだ。
 
『行きませんか』
2週間くらい前、高校時代の部活のグループに、そんなお誘いが来た。
トークを開いてみると、『行きませんか』の文字の上に1枚の画像が貼られている。
「ああ、もうそんな時期か」
見覚えのありすぎる進行表に、思わずそんな声が漏れた。
部門名、演奏時間、団体名、リハのスケジュール。
そんなもの、見ただけで分かる。それが一体何なのか。
「合唱の県大会ってこんな早かったっけ」
狭い部室からホールへ、身一つの心許ない感覚がフラッシュバックする。
夏と言えば、コンクール。
コンクールと言えば、合唱。……これは少数派。
それでも、私がそこにいたのは確かな事実で。
……私が直接関わった後輩の、最後の夏だということも、変わらぬ事実だった。
「あと2週間後ね」
まだ予定が分かんねえな。でも、時間はあるし。うんうん。
そんなことを考えながらも、既にボックスには『行かない』の文字。
後は、送信ボタンを押すだけ。
『やっしゅは? こない?』
ポコンと軽快に浮かんだその文字が、嫌に重い。
……だって、行く理由ないし。嫌なこと思い出しそうだし。先生に合わせる顔ないし。
“行かない”言い訳はいくらでも出来るはずなのに。
「まあ、2週間あるし」
ボックスを一度からにして、『まだ予定が分からない』と打ち込んで、送信。
息をついたのもつかの間。
「これからどうやって逃げようか」
私の意思は、ほぼ“行かない”に固まっていた。
 
夏が来る度に嫌になる。
音楽で“競う”ことを知ってから、毎年夏を呪っていた。
吹奏楽に始まって、合唱を選んだ高校生活は、ひどく忙しくて。
「早く終わらねえかな」
なんて、誰にも言えなかったけど、毎日そう思ってた。
……夏が、私だけしんどい訳じゃないのは分かってる。
夏の甲子園とか、IHとか。音楽で競ってる私だけがキツいわけじゃない。
1試合、下手したら数秒のために、莫大な青春を費やすのだ。
みんな命をかけてる。高校時代を捧げている。
TVに写る高校球児の涙に多くの人が感動するのは、命が燃えてるからだって誰かが言ってた。
……私たちも、私も“演奏時間10分”のために、“女子高校生”なんて甘い響きを食い潰されてる。
それは、きっと感動ものだろう。努力する少女たちの美しい光景だろう。
「でも、痛くて痛くてたまらない」
だから、夏が早く終わって欲しくてたまらなかった。
夏が憎くて憎くて仕方がなかった。
“まんじゅうこわい”みたいに、『夏がこわい』なんて、笑って話せる美談じゃないのだ。
「もう二度と、音楽なんて、合唱なんてやらない」
そうやって呪った夏にいつか仕返しされそうで。
私は、今でも夏が怖い。
 
「チケット1枚ください」
あれだけ行くことを拒んでいた9割の私は何だったのか。
結局私は、ホールの入り口でチケットを買っていた。
……好奇心に負けてしまったのだ。
『今年は伴奏付きだって!』
今までとは違うスタイルに、驚いてる私をよそに送られてきた音源。
それを聞いてしまったが最後、私は結局1割の自分で『行く』と返信してしまったのだ。
……まあ、今年で最後だし。たまにはみんなに会いたいし。去年は行ってないし。
そんな言い訳を心でぶつくさ唱えながら、ホールに足を踏み入れる。
「え」
何の変哲もないいつものホール。
それなのに、一歩先が異様なもののように思えた。
「やっしゅ、こっち」
友達に呼ばれてハッとして、急いで体を席に押し込める。
舞台を見ると丁度、後輩たちが舞台に上がったばかりだった。
「そろそろだね」
そんな言葉も出ないうちに、曲が始まる。
知らない歌だった。
言葉に言い表せないくらい綺麗な曲で、歌で。
でも、それよりも何よりも、知らない曲だったことが怖かった。
「舞台に立ってないのは、初めてだ」
ふとフラッシュバックする。
……指揮を振るときの先生の顔。
こちらからは背中しか見えてないのに、ああ、今こんな顔してるんだろうなって。
あれだけ怖かった先生の顔なのに、今でも鮮明に思い出せる自分がおかしかった。
「まるで舞台に立ってるみたいだ」
手放したのは私なのに、無理矢理舞台に立たされている。
最後の夏、確かアルトの端から2番目、前列。
「もしかして」
期待して目をこらす。
そこに立っていたのは、顔も知らない後輩だった。
 
履き慣れないお洒落なサンダルに、足がもつれる。
それでも、なんとか『アレ』に追いつかれる前に、家に着いた。
おかえりと声をかけてくる家族に、おなざりなただいまを言って、すぐ部屋にこもった。
「どこだっけ、探せ、探せ」
大量のボイスメモの中から、ある日付のものをタップする。
それが目当てのものだと確信して、急いでボロボロのままの楽譜を開いた。
……2年前の県大会前日、こっそり録っていた音源。
「やられたなあ」
やめたことを後悔したくなくて、『しまった!』って思う前に急いだのに。
とっくに私は呪われてしまっていた。
「人を呪わば穴二つってか」
とんだ呪い返しだ。
でも、痛くて甘い。それが心地良い。
音楽とは当分離れられそうにない。
「好きだなあ」
ああ、やっぱり私は夏がこわい。

***

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2018-08-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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