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1368段目のその先に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ユリ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
時刻は朝の5時少し前。白み始めた空を眺めながら、滞在先の宿を後にする。
前日の夕方に散策がてら下見をしておいたから、迷わずに石段の入り口まで到着できそうだ。
 
ここは、香川県琴平町。4泊5日の四国一周の旅に出掛けた私は、「こんぴらさん」の愛称で知られる金刀比羅宮を、旅の最終目的地として選んだ。
季節は8月末。暦の上ではとっくに秋ではあるけれど、ひどく残暑が厳しかったため、出発時間を早朝にした。1368段という険しい道のりが、これから待っているからだ。
 
日中なら賑やかであろう石敷きの表参道も、朝の早い時間帯は開いている店はおろか、人通りもほとんどなく、たまにすれ違うのは、新聞配達員のバイクぐらいだ。
誰もいない寂しさを少し感じつつ、平坦な表参道を抜け、石段の上り口まで到着し、ゆっくりと上り始める。
一段、一段。目的地までの道のりは遥かに遠い。
 
 
「荷物、少しはおろしてくればよかった……」
 
上って間も無く、後悔し始める。小ぶりのバックパック一つにまとめられる荷物しか持ってはいなかったが、荷物を背負いながら上る石段は想像以上にきつく、一段一段上る度に、4泊5日の旅の疲れと荷物の重さが肩に食い込んでくる。
 
相変わらず、誰一人とも会わない。
 
鳥居や石碑や像など、こんぴらさんの石段の途中にあるたくさんのスポットを、「観光」と言うよりも「気晴らし」として楽しみつつ、最終目的地に向かってさらに石段を上る。
 
一歩、一歩。一段、一段。
 
上り始めて785段。
ようやく御本宮に到着。お参りを終え、さらに御本宮から583段目にある、奥社を目指す。
 
1368段。
ようやく奥社まで上り終えた頃には、太陽もだいぶ昇り、セミもけたたましく鳴き始めた。
 
やっぱりまだ誰もいない。
 
貸切状態で奥社をゆっくりと参拝し、眼下に広がる琴平の街並みを眺める。そして、今までずっと考えないようにしていたことを、思い出す。帰るためには、今来た道を戻らなければいけないという事実を。石段を上りきった達成感は急速に減退し、疲れと暑さで、すっかりベンチに根が張った。
 
上って来る人はどれだけ疲れた顔をしているのか、ちょっと観察してみよう。
 
神様がいらっしゃるお社のすぐそばにいるというのに、ちょっとばかりのイタズラ心が沸いてきて、境内にあるベンチで、来る人をじっと待つ。誰か一人でもここに来たら、下り始めよう。
 
ようやく来た。
若い女の子だ。
なんだ、私よりも全然疲れていなさそう。
あっ、目が合った。
 
「旅は道連れ」とはよく言うが、私はその女の子と、少しだけ一緒に旅をすることになった。
 
 
「この後の目的地は決まってますか?」
 
彼女から提案された行き先は、香川県内に数多くあるさぬきうどん店の中でも、指折りの店だった。
とりあえず、うどん店の最寄り駅で二人そろって下車する。右なのか左なのか、どっちに進めば良いのか、早速わからない。わからないときは、人に聞くのが一番手っ取り早い。とりあえず、駅員さんに聞いてみる。
 
「ちょ、ちょっと待ってね」
 
駅員さんが走り出し、初老の男性を連れて戻って来る。
 
「この人がそのうどん屋さんで、お店まで連れて行ってあげるって」
 
こんなにも早く、こんぴらさんにお参りしたご利益があったのか。話を聞くと、そのうどん店のおじさんは、ほぼ毎日駅員さんの昼食として駅舎までうどんを配達し、今日もその配達を終え、これから車で店へ戻る予定だったという。
 
「歩いて行こうなんて、無謀だったねぇ」
 
駅からその店までの道のりは、分かりやすい真っすぐな田舎道ではあったが、歩けば4、50分はかかるそうだ。のどかな田園風景がどこまでも続く、車でも遠く感じる駅から店までの道のり。彼女と苦笑いをした。
 
 
店に到着すると、早速店内まで案内され、注文までそのおじさんがしてくれた。
 
「まずは、釜玉食べてね。釜玉2つ!」
 
威勢のいい声に「あいよ」という声が調理場から返ってきて、時を待たずして、熱々の釜玉うどんがカウンターに置かれる。旅の疲れか少し食欲がなくなっていた私は、ずらりと並ぶ付け合せの天ぷらには心奪われず、うどんだけを食べることにした。
 
半熟気味の溶き卵が、少しだけ透明がかった白いうどんに、見事にきれいに絡んでいる。うどんの上に円を描くように、釜玉用のだし醤油をおじさんがかけてくれた。
 
美味しすぎる。
 
今まで食べたことのあるさぬきうどんとは、桁外れにコシが強く、かといって、喉の奥にいくらでもするりと入っていくような、抜群な喉越しを兼ねている。卵の甘みも、ほのかに甘いうどんによく合っていて、私は食欲が失せていたことをすっかり忘れ、ペロリと平らげる。
 
「釜玉の次は、『かけ』も食べてね」
 
タイミングを見計らったようにおじさんから声が掛かり、続けてかけうどんが渡される。
かけうどんも、やっぱり美味しすぎた。心もお腹も、すっかり満腹になった。
 
 
「また来てね」
帰りも駅まで、車で送ってくれた。
 
「また来るね」
おじさんが遠くなるまで、二人で見送った。
 
彼女はこれから寛永通宝を見るといって、途中で電車を降りた。私は電車に残り、少しの寂しさと心地よい疲労感と共に、家路についた。
 
 
思い返せば、四国の旅は、たくさんの出会いと優しさで溢れていた。奥社で出会った女の子に、うどん店のおじさんと、そのおじさんの店で味わったさぬきうどん。それだけではない。地元の方々からたくさんの声を掛けてもらい、バスに乗り遅れた私をわざわざ送ってくれた人もいた。JR予讃線の下灘駅から見た海と空の色や、四万十の川の色も、私の脳裏に焼き付いている。
 
思い返せば、1368段の石段を上ったこの旅をきっかけに、私はその後、何度も旅をし、その後の旅先でも、出会いと優しさ、そして、別れを何度も味わってきた。
 
忙しない普段の生活を送っていると、なぜだかなかなか人の優しさに気付くことができないし、私自身、人に優しくできていない気がする。きれいな景色だって、実はもっと身近にあるかもしれないけれど、なかなか気付くことができていない。人との出会いさえも、軽んじているような気がする。
 
旅は、そんな私をリセットし、普段の生活では忘れがちなことを思い出させ、たくさんのことを教えてくれる。
旅先という、慣れ親しんだ生活とは違った環境に身を置くことで、程よい緊張感を持ち、感覚自体が研ぎ澄まされ、感受性も豊かになっているのかもしれない。そもそも旅は、「思い出をつくる」という心構えで行くものであるから、ちょっとの出来事でも大げさに感動をしてしまうのかもしれない。
けれど、旅で得たものがあるからこそ、普段の自分を顧みることができる。旅の思い出自体が、こうして私の財産にもなっている。
 
 
ここしばらく、忙しない日々が続き、久しく旅に出ていない。どこか遠くへ、また旅したい気持ちが昂る。
1368段目のその先は、これからもどこかの旅先へと、繋がっている。

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2018-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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