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「何もできなかった」無力感いっぱいの思い出が、心の栄養に変わった夜


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記事:ニシモトユキ(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
6年前。
大きな声をあげて泣くその人を前に、私は何ひとつ言葉をかけることができなかった。
 
2012年の夏、東日本大震災から1年半が経ったころ、津波の被害の大きかった沿岸部の地域で、メンタルヘルスのサポートをするボランティアに行った。
活動のきっかけは、現地のリーダーの一言だった。
 
「心配な者もいるが、弱音を言わないので気になっている。どうか、うちのメンバーのことをよろしくお願いします」
 
健康教室と、希望者への個別相談の場が企画された。
事前に、デモンストレーションして、手順を改善しよう、という話になり、現地リーダーが、試しに相談者役を呼んでおいてくれた。
そのとき私が担当したのが、その人だった。
がっちりした体格に、パンチパーマ、日焼けをした強面、上下とも金のラインの入った黒ジャージ。
圧倒されるような雰囲気だった。
なのに、足元は、キティちゃんのサンダル。
そのちぐはぐした感じがまた、なんともいえない迫力を醸し出していた。
気後れしつつも、いやいや、手順どおりちゃんとやらなきゃ、と手元のマニュアルで確認しながら始めようとしていた、そのとき。
 
「わけわかんねぇんだ、今でも思い出すと、ぐちゃぐちゃになって……」
 
えっ、と手元から顔をあげた瞬間。
大きな声をあげながら、その人は泣き出した。
目から涙がこぼれ、その涙を手で拭いながら、声をあげて泣き続けた。
驚いた。
ひるんだ。
誰かにサポートを求めようかとも思ったけれど、その人をそのままにして、部屋から出ていくこともできなかった。
どう言葉をかけたらいいか、頭では必死に考えているけれど、ただ焦って空回りするだけで、ぴったりくる言葉はひとつも浮かんでこなかった。
その人のかなしみ、くるしさ、涙……その振動や熱がそのまま伝わってきて、ほんのちょっとでも寄り添いたい、寄り添えたら、と祈るような気持ちになりながら、その場に座り続けることしかできなかった。
面談室に、その人の泣き声だけが響くあの光景を、今もとてもリアルに思い出すことができる。
結局、手元のマニュアルの通りには進まず、30分の面談時間は過ぎた。
自分で泣きやんだその人は、「ありがとうございました」と言って帰っていったけれど、私の心に大きなひっかかりを残した。
 
何もできなかった。
どんな言葉をかけたらよかったんだろう。
あのあと、あの人はどうしてるんだろう。
活動は続けていたものの、泣くその人を直視できなかったから、顔かたちもおぼろげで、その後はわからなかった。
 
ふとした瞬間に、その光景が浮かんで、同時に強い無力感に襲われた。
特に、仕事でうまくやれていないときに、浮かんでくる。
 
「自分が今やっていることに意味はあるんだろうか」
「結局、誰の役にも立ててないんじゃないか」
 
ぎゅうっと締めつけられるような気持ちになって、自信がしぼんでいくような気がした。
 
今年の2月。
最初の年から数えて、6回目の健康教室。
現地のリーダーが変わったということで、前夜に飲み会が開かれた。
 
「図書館がやっとこさ出来たんだ。行ったか? スタバが入ってて、しゃれてんだ」
「丘のとこにあった仮設のそば屋、仮設じゃなくなって、立派な店になってよう」
 
街の近況を話しながら、みんなよく飲む、よく飲む。
最近、仮設店舗から建て替えたばかりという和食のお店で、まだ青い畳の香りの中、焼酎の瓶がどんどん空いていった。
お酒もだいぶまわった頃、新リーダーがぽつりと言った。
 
「いやぁ、6年前、最初の年は、健康教室だけじゃなくて、個別面談もやってただろ。あのとき、話聞いてくれたの、誰だったんだろうなぁ。あれは、助かったなぁ。あんとき、苦しかったもんなぁ」
 
はっとした。
もしかして……もしかして?
胸は高鳴り、ドキドキしながら、でも、その場で聞く勇気はなかった。
 
1本締めをして、会はお開きになり、雪のちらつく外へと出ていく。
そこで、私は目を見開いた。
新リーダーが下駄箱から取り出したのは……6年前、私が、ただただそこにいることしか出来ず、声をあげて泣くその人を直視できずに見つめていたのと同じ、キティちゃんのサンダルだった。
 
「ああ」
 
思わず、声が出て、顔を覆った。
今度は、私の目から涙が出てきた。
言いようのない、やさしくてあったかい気持ちに満たされた。
あのときの精一杯は、無意味じゃなかった。
「何もできなかった」と無力感でいっぱいだった思い出が、うまくやれなくて落ち込んだときに、「今できる精一杯で頑張ってみよう」と思わせてくれる心の栄養に変わった瞬間だった。

 
 
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2018-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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